池袋サンシャインシティ内にある、
日本最初の古代オリエントを専門とする博物館、古代オリエント博物館。
最近すっかりご無沙汰していましたが、
とても気になる展覧会が開催されているのを知り、
10年ぶり以上に足を運んできました。
その展覧会とは、“やっぱりエジプトが好き♡―昭和のニッポンと古代のエジプト―”。
昭和30年~40年代を中心に起こったという、
日本におけるエジプト柄ブームにスポットを当てた展覧会です。
エジプト柄ブームなるものがあっただなんて、
会場に入るまでは、にわかには信じられませんでした。
しかし、冒頭に飾られた昭和の写真を目にして、
“確かに、エジプト柄ブームはあったのかも?!”という気になりました。
写真に映し出されていたのは、カメラに向かってほほ笑む赤ちゃんの姿。
場所はおそらく、団地の一室でしょうか。
特に変わったところのない幸せな日常のように思えます。
しかし、画面右奥の襖の柄にご注目ください。
おわかりいただけただろうか・・・
襖の柄が古代エジプト柄になっているのです。
・・・・・と、これはまだ氷山の一角。
会場には、さまざまなエジプト柄のアイテムがありました。
エジプト柄のネクタイやカバンもあれば、
エジプト柄の茶碗やティーカップ、
今ではすっかり見かけなくなった蚊帳もエジプト柄なら、
さらには、エジプト柄の衣装ケースもあります。
日用品だけかと思いきや、高級そうな着物もエジプト柄。
日本のありとあらゆるものが、エジプト柄になっていたようです。
なぜ、昭和30~40年にエジプト柄ブームが起きたのでしょうか。
日本では、昭和33年に“古代オリエント芸術展”が、
昭和37年に”エジプト美術五千年展”がそれぞれ開催され、
エジプト文明への関心がどんどんと高まっていきました。
そして、昭和40年に、あの伝説的な展覧会が開催されるのです。
そう、昭和40年に開催されたツタンカーメン展です。
3都市を巡回し、入館数は驚異の290万人を記録!
これにより、空前のエジプトブーム、およびエジプト柄ブームが起こったのです。
当時の日本にどれほどエジプト柄が蔓延していたのか。
それを強く感じたのが、こちらの展示物です。
親子のこけしは、明らかに日本的ですが、
そのこけしが入っている箱の柄はというと・・・・・
なぜかヒエログリフ風。
厳密に言えば、ヒエログリフっぽい何か。
エジプト柄にしたい。でも、日本の伝統も守りたい。
そんな葛藤が垣間見えるようでした。
こけしの箱はギリギリ抵抗できていましたが(←?)。
完全にエジプトに支配されてしまっていたのが、学習用ノートです。
こちらは、社会用の学習ノート。
社会の授業で学ぶことはたくさんあるというのに。
これでは、古代エジプトしか学ばないみたいです。
ただ、社会用の学習ノートが、エジプト柄なのはまだ常識の範囲内。
何より驚かされたのは・・・・・
算数用のノートも漢字練習帳もエジプト柄だったこと。
もはや意味がわかりません。
意味がわからないと言えば、こちらのペン入れも!
謎の格言とエジプト柄が共存していました。
何がどうなって、このようなミュータントが生まれてしまったのか。
昭和30~40年代の日本は混沌としていたようです。
ちなみに。
本展で紹介されているエジプト柄のコレクションは、
北名古屋市歴史民俗資料館(またの名を昭和日常博物館)のコレクションとのこと。
本展カタログを読むに、エジプト柄は大真面目に研究の対象となっているようです。
それだけに、そのコレクションを迎えうつ(?)古代オリエント博物館が、
古代エジプトの考古品と同じトーンで大真面目に書いていたのが何より印象的でした。
↑例えば、これらのキャプションは・・・・・・
専門家の視点で昭和のエジプト柄を説明すると、このような感じになるのですね。
実際はおそらく、そこまで深くデザインしたわけでないかもしれませんが。
これらのキャプションが添えられたことで、たいそうな考古物のように思えてきました(笑)。
ちなみに。
古代オリエント博物館のコレクションから、
いくつかはエジプトの考古品も展示されていましたが、
本展のメインはあくまで、昭和のエジプト柄のアイテムの数々です。
バカバカしさもありつつアカデミックで、個人的には3ツ星の展覧会でした!
ただ、冷静に考えて、もう少し考古品の出展数を増やしたほうが良い気がします。























