藤田嗣治×国吉康雄:二人のパラレル・キャリア―百年目の再会 | アートテラー・とに~の【ここにしかない美術室】

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注:大人の事情により、この記事には、

  内覧会で取材した際に撮影した写真が掲載できなくなりました。

  想像力を駆使して、お楽しみいただけましたら幸いです。

 

 

来年2026年に、生誕140周を迎える藤田嗣治。

それを記念して、今年から来年にかけて、

日本各地で大規模な藤田嗣治展が開催されます。

そのうちの1つが、現在、兵庫県立美術館で開催中の展覧会、

“藤田嗣治×国吉康雄:二人のパラレル・キャリア―百年目の再会”です。

 

 

 

藤田嗣治は東京美術学校卒業後、単身パリに渡り、

エコール・ド・パリの寵児としてフランスで名声を得ました。

 

 

 

一方、国吉康雄は16歳で渡米し、

持ち前の才能と、人一倍の努力でもって、アメリカを代表する画家に。

最終的にはホイットニー美術館で、現存作家として初めての個展を開催もしています。

 

 国吉康雄《自画像》 1918年 福武コレクション

 

 

実は2人は、歳は3コしか違わない同世代。

ともに海外で活躍した日本人画家であり、

どちらも、丸メガネに髭がトレードマークです。

共通点の多い2人ではありますが、

活躍した場所が、パリとニューヨークと異なっており、

さらに、2人には不仲説が囁かれていることもあって、

これまで藤田と国吉の2人展は一度も開催されたことがなかったそう。

満を持して兵庫県立美術館が開催する世界初の2人展には、

福武コレクションを中心に、日本各地の美術館から作品が大集結!

代表作の数々と共に、2人の人生を辿れる内容となっています。

 

会場風景

 

 

そんな2人の人生が最初に交わったのは、今からちょうど100年前の1925年のこと。

当時、藤田はパリで時代の寵児として絶頂期にいました。

その頃、国吉はアメリカからパリへと渡っています。

この時、二人が出会っていたという記録は、残念ながら残っていないよう。

ただ、国吉は藤田の存在は意識していたようで。

とはいえ、新人だったこともあって、スターの藤田に遠慮したのか、距離を置いていたようです。

さらに、その3年後に再び、国吉はパリを訪れますが、

やはりこの時にも2人が交流した記録は残っていないとか。

 

2人が確実に会ったことがわかる最古の記録は、

1930年の冬に、藤田がニューヨークに滞在時のもの。

藤田は国吉のアトリエにも訪れていたそうで、

そんな2人の交流を裏付けるのが、近年、アメリカで発見されたこちらの色紙です。

 

会場風景

 

 

自分には何か牛に近いものがあると感じていた国吉は、

代表作の《夢》を筆頭に、たびたび牛をモチーフに描きました。

 

 国吉康雄《夢》 1922年 石橋財団アーティゾン美術館

 

 

発見された色紙にも、牛が描かれています。

中央に描かれている牛は、国吉が描いたもの。

そして、その右下にいる牛を描いたのが、

藤田・・・ではなく、日本画家の近藤赤彦です。

注目すべきは、左上。

一見すると何も描かれていないようですが、

実は、「牛めし」と書かれたのれんが描かれています。

残念ながら、長年の経過により、ほぼ消えかかっていますが、

それを描いたのが、何を隠そうニューヨーク滞在時の藤田だったのです。

2人の合作が存在していたとは!

まさに歴史的発見です。

それだけに、あくまで率直な僕の感想ですが、

近藤赤彦なる画家の牛は無いほうが良かったです(笑)

 

さて、その後、2人の間に友情が育まれていくのかと思いきや。

1941年の太平洋戦争の勃発により、2人に運命の転機が訪れます。

藤田は帰国し、軍部からの注文を受け、作戦記録画を描くようになりました。

 

会場風景

 

 

一方、アメリカに残った国吉は、「敵性外国人」とみなされるように。

アメリカへの忠誠を示すべく、日本の軍国主義への批判を続けました。

彼の代表作の一つである《跳び上がろうとする頭のない馬》

その木馬の背後に描かれたポスターの一部は、

国吉が戦時中に米国戦時情報局に協力し、作成されたものなのだそうです。

 

戦争によって、立場が真反対になってしまった2人。

牛の絵を色紙に描きあっていた頃のようには、もう戻れなかったのでしょうか。

戦後、いわゆる「戦争責任」をささやかれた藤田は、

日本を離れる決意をし、パリへ移住、フランス国籍を取得しました。

実はパリへ渡る前に、10か月ほどニューヨークに滞在しています。

その間に、ニューヨークの画廊で個展も開催していたそうです。

国吉はその個展会場を訪ねています。

しかし、午前に訪れるも、藤田は在廊しておらず、

のちになって、藤田は国吉の来廊を知ったそうです。

結局、それを最後に2人の人生が交わることはなかったとか。

 

戦後に再会を果たしていたのではなく、

ニアミスしていたというのが、実にドラマチック!

本展を通して、極上のドラマを観たような印象でした。

2人の人間ドラマはもちろんのこと、

藤田と国吉、それぞれの作品も素晴らしかったです。

星星星

 

2人の交流のドラマに紙面を使いすぎてしまったので、

最後に、とりわけ印象に残った国吉作品3点をサラッとご紹介。

まずは、ニューヨーク近代美術館旧蔵の《逆さのテーブルとマスク》です。

 

 国吉康雄《逆さのテーブルとマスク》 1940年 福武コレクション

 

 

テーブルクロスが敷かれたテーブルの上に、

逆さまのテーブルやマスク、花瓶や定規などが、

絶妙なバランスで積み上げられています。

石を絶妙なバランスで積み上げるロックバランシングを彷彿とさせるものがありました。

 

続いては、《今日はマスクを付けよう》という作品。

 

国吉康雄《今日はマスクを付けよう》 1946-47年 福武コレクション 

 

 

高橋克実さんを彷彿とさせるものがありました。

 

そして、最後に紹介したいのは《曲芸師》という作品。

 

国吉康雄《曲芸師》 1951年 福武コレクション 

 

 

往年の女子プロゴルファー、岡本綾子さんを彷彿とさせるものがありました。

 

 

 ┃会期:2025年6月14日(土)~8月17日(日)

 ┃会場:兵庫県立美術館

 ┃https://www.artm.pref.hyogo.jp/exhibition/t_2506/

 

 



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