平清盛公と蝶紋と例のあの事 (若一神社 2) | Spring Breeeeze~♪

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一年中“春風”のように、ワクワク・ドキドキふわっとサッとスッと、楽しく駆け抜けたい~

おはようございます。

シュリです。

お立ち寄りくださりありがとうございます~キラきゅんっキラきゅんっ

 

 

 

 

 

 

さて、宮司さんにいろんな貴重な資料を見せてもらったり、お話を聞かせてもらったり。

そんな中私の頭の中でムクムクッと聞きたいこと、思い出しまして。

それを思い出すともう、他の話よりもそれがとにかく聞きたくて聞きたくて仕方なくなってきて。

せっかく一生懸命今お話してくださっているのに、その話の腰を折る事もできず。

心の中で「清盛公!若一王子の神様!どうかどうか、私のお聞きしたい事の話題ができるようになんとかー土下座合掌と叫んでいました。

 

どこで切り出そうかしらと悩んでいたのですが、「その時」は突然不意打ちでやってきました。

なんと、何の前後の脈絡もないのに突然宮司さんの方からその話題でお話を始めてくださったのです!

もうこれは清盛公や若一王子の神様が、宮司さんの耳元でささやいたとしか考えられません!

 

お聞きしたかったのは「家紋」の事です。

ハイ、以前お話しました、私の先祖の女系の家紋は「蝶紋」です。

これってよく平家の紋だと聞いていたけれど、どうも清盛公のものではないような。

その辺り、どう言う事なんだろうとずっと疑問に思っていたのですよね。

特に娘がひそかに「清盛公の血筋なんじゃないの?」と期待していたと思うんですよ。

 

ですが~

宮司さんが突然お話を始めた平家の家紋は、かなづちでガツンと私の頭を叩かれるかのような衝撃から始まりました。

 

何でもNHK大河ドラマ「平清盛」のころに、「平清盛」のミュージアム?がおそらく期間限定だと思うのですが(検索しても現存しませんので)開催されたようで、その際に使用された「平家の家紋」として、私の家紋と同じの横向きのアゲハチョウの家紋が使われたそうなんです。

 

しつこいけどこれ↓ね

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そのミュージアムのあちこちにも使われ、ミュージアムショップでのお土産袋にも描かれたそうです。

(ああ、それ行きたかったわ、欲しかったわ。。。)

 

ですがその事は、宮司さんはカンカンに怒っていらして。

このときもお話しながら語気強く説明くださったのは。

 

「平清盛公の家紋」は、正式にはこれ↓

蝶紋は蝶紋なんですけど、中心に体があって、左右に羽が広がっている蝶紋なんですよね。

これはこちらの神社でも使われている、正式な平清盛公の家紋です。

 

↑の家紋が大学教授や専門家、研究者も認める清盛公の家紋なのに、その家紋を使わずに間違った家紋を清盛公の名前を掲げて開催されるミュージアムのあちこちに使われ、お土産にも使われるのはけしからん!と、先に上げた専門家の方々と一緒に何度も何度も抗議されたそうですあせる

 

わ、私は・・・

自分の家紋がついた小物まで持ってきて、家紋についてお聞きしようとしていたのですが、宮司さんのお怒りを知った後にはとてもそれをお見せする勇気は持てませんでした・・・笑い泣き

と、とにかく、「違う」と言う事ははっきり理解しました~。

120%しっかりばっちり理解しました~滝汗

 

ちなみに私の蝶紋は、清盛公のものではないけれど、「平家」全体のしるし?みたいな感じでは使われていたかも、との事。

(で、あってますか?あってますよね?そのように理解したんですけどまだ間違っていたら、指摘して下さい・・・あせる

宮司さんに聞いたのではないですが、色々調べていると平家が戦いの時にもつ幟?は、赤に(私の)蝶紋が描かれていたと・・・読んだことが、聞いたことがあるんですけどね。

この時代、戦いの時に幟って既に使われていたのかなぁ。

 

 

 

 

えー、ここまでは清盛公に興味ない方はつまらない話だったと思うのですがー

私が宮司さんにお聞きしたかった事は、もう一つありまして。

これこそどうやって切り出そう、清盛公とはあまり関係ない話で、話を変えるきっかけがないーーー。

 

ここでですね

また、心の中で叫びました。

「清盛公!若一王子の神さまー!もう一度奇跡をお願いできないですかぁぁぁー?

どうしても知りたいんです、お聞きしたいんです!

あのことについてです~土下座合掌

 

するとですね

まもなく、ありえなーーーい!くらい突然、急に宮司さんが切り出してくださったんですよ。

例の「座敷わらし」の話!

皆さんこれは、ちょっと興味あるでしょ?

宮司さんはそれまで終始清盛公の話一色だったのに、本当に突然切り出されたんですこの話題。

(またもやありがとうございます!!)

 

「境内でてすぐのところに大きな楠があるでしょ。ご神木で、清盛公自身が植えられた楠といわれていてね。

そこに最近、座敷わらしがいると言う事が本に書かれていたらしくてね」

おぉぉぉぉぉぉ~!

「桜井識子さんですね!」と、私、叫びましたよ。

もうもう、びっくり!

なぜそんなに突然、私のお聞きしたかった事を話してくださったのですかぁぁぁ、感激です笑い泣き笑い泣き笑い泣き

 

宮司さんいわくは、

座敷わらしがいるというのは今急に言われ始めたわけではなく、昔から、宮司さんが子供の頃から既に、見える人がよく「あの木に子供が遊んでるよ」と、座敷わらしがいることを言う方がいたそうです。

ずーっとずーっと、座敷わらしさんたちはあのどっしりとした、お父さんのように頼りがいのある楠で遊んでいたのですねニコニコ

でも識子さんの座敷わらしの話が書かれている本が世に出てから、やはりこちらの神社を訪れる方は増えたそうですにこにこ

 

 

聞きたいことが全部聞けたわー!

あー、すっきりした!

 

 

 

そうそう、神社の境内、案内が中途半端に終わってましたね。

続き~

 

 

 

境内にある御神水。

開運出世の御神水として清盛公にあやかりたいと、たくさんの方がいただきに来てましたよ。

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以前訪れた、祇王寺に関係します

祇王さんの歌碑

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切なくなります・・・

(こちらは宮司さんが書かれたそうです)

美しい文字ですね。

 

 

 

 

 

弁財天様

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寿命社

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狛犬さん

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おしりもかわいいラブラブ

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そしていよいよ~

境内入り口鳥居を出て正面にある、清盛公お手植えの楠の辺り~

若一王子の神様をお祭りしてまもなく太政大臣の地位に着いた清盛公が、その時植えられたといわれています。

どんな思いで植えられたのでしょうね。

 

ちょっと小高くなっていて、階段をちょっとだけトントンと上がりますと、ドドーンと立っています!

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識子さんの本に詳しく書かれていますが、祠のあるこちらはどうやらこの楠の正面ではないようでして。

左手に回ると

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こんな感じで、ご神木が力強くたっていまして、その前に石が左右に。

本当に、狛犬さんのような役割をしているのかなって感じですよね?

こちらがこの御神木の正面、との事でしたね。

 

 

 

 

 

 

 

で、ご神木の正面から立ってみても見えないんでしたよね?

だからしゃがんでみようかな

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見上げてみたら~

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でもね、私はなぜか御神木の右の木、

ご神木ともう絡み合うかのようになってますけど~

そちらの木から引っ張られるような感じがしたんですけど、気のせいかしら?

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しっかりちゃっかり駄菓子とかも用意して、お供えして、色々おしゃべりしてみたんですけど~

やはり我が家には来てくれなかったかなあはは…

 

識子さんはここいる座敷わらしさんはもともと12人で、ひょっとしたらこの12人全部が清盛公のおうちにいたからあれほどの権勢を振るえて栄えたのではないかと書かれていたけれど~

 

どっしりとしたこの木で遊ぶ座敷わらし・・・木が清盛公で、遊ぶわらしべは清盛公の子供達や孫達だったりして、などと、どこまで想像膨らませるんだーってくらい色々考えてしまいましたにこにこ

じゃあ12人はどの子供or孫なんだ?となると、う~ん、よく分かりませんが(数が合わないのよねー)。

 

碁盤の目の街づくりがされている京都の街中にあって、この神社のこの楠のあるところだけが、ぼこっと飛び出ているような、まっすぐの碁盤の目を少し崩すような感じになっているのですが。

このあたりでは超有名な話ですが、昭和9年に市電の路面工事の時にこの楠と周辺を撤去をしようとしたのですが、清盛の祟りがあるといわれていた伝説のとおり、工事関係者が次々と事故に遭ったりお亡くなりになったりしたため、工事を断念して現在のように大楠を残し、変則的な道路になっているのです~。

 

でも私は、いまや清盛公がそう言う事で人の命を取る様な事は絶対されないと思いますけどね。

 

座敷わらしがいる御神木のこの楠は、先ほども書きましたが少し階段をあがって小高いところにあります。

宮司さんにお聞きした話ですと、楠の植えてあるところだけが高かったのではなく、ずーっと続く土手となっていたそうです。

ですが先ほどの市電の路面工事の時に、楠のある辺り以外の土手は全て崩されたようですね。

京都の町も昔と比べると、すごく変わっているのでしょうね。

 

そうそう

私の清盛公のお守りです

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キーホルダー型の

お守りです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

長くなってしまいましたが~

読んで下さってありがとうございますスキメルシーラブラブ