20日、21日と実家にいました。
実母の17回忌、祖父母の33回忌の法事と
実父の米寿の年祝いとを兼ねて
親戚が集まったのです。
私も、夫と一緒に行きまして
久しぶりに会ったみんなと
本当にいろいろな話をして
とても楽しい時間を過ごしました。
私の実家は寺で、
現在は兄が住職です。
ですが、今回の法事では、
父からあいさつがありました。
妻である母の話、両親の話
その後に
私の名前が出てきました。

私の祖母も、
小学校の教師をしていました。
戦時中だったので
地元の小さな小学校の教師だったのですが
戦後、引き揚げてきた方々で
教師のなり手が多かったため
退職を打診されたそうです。
ですが、四人兄弟のうち
長男である父は大学1年生、
四男の叔父は8歳と
まだまだお金もかかるときだったので
どうしても退職はできない、と
訴えたところ
通勤に片道1時間以上かかる学校に
転勤を命令されました。
当時は自家用車もなく、
公共交通機関もない中での通勤は無理。
泣く泣く退職したそうです。
そのときの祖母は、48歳。
私の母は、寺の仕事のほかに
地元の農協で働いていましたが
突然、祖父が脳卒中で倒れました。
当時は現在のような介護制度などなく
祖父の介護のために
母は、退職を余儀なくされました。
そのときの母は、48歳。
私は、同居の義母が
老人性うつ病と認知症と診断されました。
仕事と介護の両立も試みましたが
どちらにも集中することができず、
自分の中でバランスをとるのが難しくなり
退職しました。
そのときの私は、48歳。
奇しくも親子3代で、
全く同じ年齢のときに
人生の大きな転機を迎えているのです。
今回、父と叔父3人の四人兄弟が集まり
祖母や母の話もたくさん飛び出しました。
その話を聞きながら
祖母や母がおかれていた状況
家族のことを考えていた様子
仕事に対する悩み、辛さ、苦しさ
などなど
子どもの頃は分からなかった
祖母や母の想いが
今になって、やっと少し
理解できたように感じます。

住職である、兄が
最後にこう言っていました。
「法要は、亡くなった人のためではなく
今、生きている人のためにあるんだよね」
その通りだな、と思います。
今後、同じメンバーで集まるのは
父の年齢を考えると
難しいかもしれません。
だからこそ
今回、親戚のみんなと
とても楽しい時間を過ごし
祖母や母について
たくさん話ができたことで
私は本当に幸せなんだな、と
改めて感じました。
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