
何が好きなの?
何をしたいの?
そう聞かれて、すぐに答えられるんだったら、
それをすればいい、ってわかりますよね。
私は、分からなかったんですよ。
本田晃一さんのセミナーに行って、
そこでのメンバーの発言に触発されて、
「世界の様々な美術館に行って、その作家が生きていたところで作品を見たい」
そんなことはでてきましたが。
今すぐ、できます?そんなこと
明日やれ、っていわれても無理(^▽^;)
じゃあ、
そんな大きなことじゃなくても、
好きなことって、何?
お茶を飲むとか、
「きのこの山」を食べるとか
(あ、わたしは断然「きのこの山」派です)
好きな漫画を読むとか
そんな、日常的に気分がよくなること。
でもね~
それすらも、よくわからないときがあるんですよね。
私は、そうでした。
「自分が、何が好きか」を意識していなかった。
「〇〇が食べたい」じゃなくて、
「これ、余ってるから食べちゃおう」
「この本が読みたい」じゃなくて
「仕事に必要だから、読んどかなくちゃ」
さらにさらに
「すすめられたものは、残してはいけない」
「誘われたら、断ってはいけない」
こんな風に、
自分の気持ちは一番最後( ノД`)シクシク…
ワタシサエ、ガマンスレバ・・・
そう思い込んでいて、
自分の「好き」よりも
「こうしたほうが周囲が丸くおさまる」
それを優先していたことが、
49年生きてきてやっとわかったわけですよ。
マイッタネ
そんな
「自分ないがしろ人生筋金入り」の私は、
日々の生活の中で
「自分の好きなこと」がやっぱりよくわからない。
分かったとしても、行動までつながらない。
そこで、はじめの一歩としてやってみたのが、これ。
「なんとなくいやなことをやめる」
まずは、義理母からすすめられた食べ物を
「いらない。」
と、断ることから。
そうしたらまあ、なかなか解放してくれない。
「なんで食べないんだ」
「体の具合でも悪いんじゃないか」
「そんなに食べなかったら、病気になるぞ」
「心配で心配で、私のほうが具合悪くなりそうだ」・・・
とまあ、いろいろ言われましたが、
「いらない。」
だけを繰り返して。
もちろん、食べたいときは食べる。
でも、「今はいらないな」「食べたくないな」と思ったら、
いくら義理母が悲しい顔をしても
「いらない。」
と言うようにしました。
それを続けて3か月。
少しずつ義理母も慣れてきたようで、
「おなか、すかないの?」
「うん。」
それくらいの会話で納得してくれるようになりました。
だから私は、ずっと今までやろうとしてこなかった、
「自分のペースで食事をする」
ということができるようになったのです。
「なんとなく、いやなことをやめてみる」
お風呂はいりたくない → はいらない
まだ寝たくない → 起きてる
なんか、ここにいたくない → 別の場所に行く
なんとなくいやなことって、ほんとに小さなこと。
それを、思い切ってやめてみるのも、
自分を大事にする第一歩、なんですよね。
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