母の手術 | ぴねこんのぷくぷくしてらんない日々

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2017年3月半ばにツレが脳出血で倒れ、ドタバタが始まり
2020年父が亡くなった春に自身の糖尿病が確定、治療中
2023年1月半ば、ツレ父が急に旅立った日にツレの大腸がん発覚
2025年は母の乳がんの手術から始まり、私は下肢静脈瘤の手術とドタバタ!

7日に入院して8日に手術ということで、7日の火曜日に母が入院しました。

検査はすべて終了しているので、7日はほとんどやることなしで

一通りベッドまわりの説明を聞いて、荷物の整理をして

母のお昼が出たところで、私は一度帰宅しました~。

 

午後2時からの面会時間がスタートしたところで、母の入浴後を狙って再訪問。

母はさっぱりして、持参したPJに着替えていました。

次の日の手術の予定や、付き添うなら何時頃に来ればいいかなどを看護師さんから聞いて帰宅。

母の手術は午後2番目の15:00~ということでした。

あくまで予定なので、ずれ込むことや早まることもあるという話でした。

 

帰宅したら、母から午後2番の順番は変わらないけれど

手術は15;00→15:45~と変更になった由

それと、術後に体力が落ちて介護生活になるかもしれない危険がある

のような文言が記入されいている用紙を、私が去ったあとに貰い不安で凹んだみたい。

 

今日見てみたら、その文言が入った用紙は高齢の患者さんのためのもので

帰宅後に考えられるトラブルや、介護保険を利用しているのか否か

利用しているのなら介護度や利用の状況など、高齢患者に向けての調査票のようなものでした。

まあ、それは必要な書類だよなぁ。。。

 

母は、どういうこと?聞いてないんだけど。。。と納得がいかなかったみたいで

その日の担当看護師さんに質問したらしい。

不安にさせられた文言は、ソフトに組み込まれている文言を機械的に選んで記入するものらしく

内容から患者をいたずらに不安にさせるってことで

問題提起がされているんですよ~と、看護師さんから説明を受けて少し納得したみたいです。

 

確かに、高齢者が入院すると

短期でも、あっという間に体力が落ちて、退院する頃には歩けなくなってしまったという話は

割とよく聞く話。

不穏になってしまったりも。

 

確かに、私も退院してからの生活に関してはちょっと気になっているから

包括支援センターに出向いてみたりもしたんだよねぇ。

まあ、結果出たと勝負になってしまったわけだけど(笑)。

 

手術につきそうなら14:00頃にくればいいからと言われていたので

そのぐらいの時間に顔を出し、母とあれこれ話をしているうちに時間が来て

15:40頃に手術室へと母は徒歩で移動(私も一緒)、母はオペ室、私は家族控室へ。

諸々含めて3時間ぐらいかかるのかなぁと思って待っていたら

16:50頃に執刀医から終わりました~と声をかけられ、早くてビックリ目

控室にいくつかある個室に呼ばれ

リンパ節への転移は無かったことや、13日の月曜日に退院予定だけれど

暇持て余しちゃうだろうから、本人が帰りたいっていうのなら週末に退院でもいいよ~と

あっさり言われて、ええ?ほんまかいな!?と汗あせる

 

5時過ぎぐらいに出てくるだろうから、担当看護師が呼びに来るのを待っているように言われ

待っていると、そんなにしないうちに看護師さんに呼ばれて

もと来た道を戻ると、母が横になっているベッドが目の前を通っていった。

お母さんと声をかけると、「あ、○○だ(私の名前)」と返事があった。

そのまま母のベッドと一緒に元の病室へと移動、ベッドサイドでの処置を終え

呼ばれていくと、まだ術着のまま横たわっている母がいた。

 

見た感じは、げっそり蒼白ということもなく、わりと元気そうな感じ。

足には、血栓防止用のマッサージ機をはめられ3時間は動けない。

痛みも、痛いっちゃ痛いけどこんなもんかしら?なんてことを言ってる。

そして、やはり夕飯も食べられないことになった~。

朝から一日絶食状態な母なのでした~、一応栄養点滴はされてるけどね。

気持ち悪いとかそういったこともないようで一安心。

 

一通り、必要な連絡をあちこちラインで済ませていると

夕方担当の看護師さんが挨拶にみえて、胸の傷の様子を確認するというので

私も見せてもらったんだけれど、太いバンデージが巻かれ、その下から細いドレーンが2本

このドレーンはくっつけたまま退院なんですって。

退院してからのドレーンと傷のケアの説明は、まずは自分の事なのでと、明日、母に説明をし

私へは金曜日の午後してくれる約束をし

19:00の面会時間いっぱいちょい手前まで居て、帰ってきた。