肺炎再び① | ぴねこんのぷくぷくしてらんない日々

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2017年3月半ばにツレが脳出血で倒れ、ドタバタが始まり
2020年父が亡くなった春に自身の糖尿病が確定、治療中
2023年1月半ば、ツレ父が急に旅立った日にツレの大腸がん発覚
2025年は母の乳がんの手術から始まり、私は下肢静脈瘤の手術とドタバタ!

父が特発性間質性肺炎と診断されたのは2018年の春でした。

80歳という年齢もありまして、明確なエビデンスのあるデータは無いようですが

余命の中央値は2年と言われています。

余命は本人の体力次第と捉えて、頑張っていくことに、2018年の夏頃からオフェブを服用。

年寄りなので、月・水・金か火・木・土の週3日、150mgを朝晩服用

吐き気の副作用が強く、希望して150mg → 100mg へ減薬してます。

そんな中、2019年12月11日の定期受診日に肺炎が発覚し、そのまま入院となりました。

抗生剤による菌たたきが功を奏し12月22日に父は無事退院しましたが

オフェブは効いていないということで中止になり、在宅酸素療法(HOT)となりました。

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退院してからの父とは、それなりにバトルをしながらも、外に連れ出すことにも成功

それからは、父自ら外に出て歩く練習をするまでになっていました。

寒いのにどうかなという気持ちもありましたが

ポータブル酸素の操作と利用に慣れてもらうことと

安静生活のためにすっかり萎えてしまった足腰のリハビリもかねた体力づくりのため

家の前の道路を短距離でもいいから、室内では無理なちょっと長めの距離を歩いてもらう。

外に出ることで気分転換にもなるんですねぇ、これは発見でした。

他にも、筋トレのためにも階段の一番下のところを使って踏み台昇降をするといいよ

と伝えると、ちょこっとやってみたりしてたようです(母から聞きました)。

 

母にやるように仕向けてよと言っても、結局母は父に押し負けるので

いつもバトルをするのは私で、毎度気持ちと精神力が削られるのだけれど

最終的には父も納得してやらなきゃなぁと思うらしく、それならいいかという感じ。

 

お正月も、元気になったなぁと思っていたんですが

1月9日の午後、救急車でこの前入院した病院へ搬送してもらうことになりました。

経緯を担当医に伝えると血液検査や胸部レントゲン、CT検査が追加になり

検査結果が出揃った所で呼ばれて説明を受けました。

白血球数は2万超え、CRPは8 肺炎でした。

もちろんそのまま入院です。

救急車の中で、そのまま入院になるんじゃないかと思うと話していたことが現実となりました。

 

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年明けはお正月に訪れたきりでしたが、しばらくゆっくりしたいだろうと思っていたので

訪ねることはしませんでした。

すると、数日後の週末に父がうんちが出ない、便秘だと大騒ぎして母から連絡があったりして

すったもんだしてアレコレ色々あって土管になり、なんとか落ち着くという事件がありました。

 

週明け、仕事始めで色々動き出した日の午後、実家を訪ねるとちょっと父の様子がおかしい。

聞くと母も様子が変なのに気がついて、父を歩かせてかかりつけ医のもとへ出かけ

問題ありませんと帰されたらしい。

えー、あの距離歩かせたのかいはてなマークはてなマークはてなマークと驚いたのですが。。。

(体調が良ければそのぐらいは何とか行けるかな?と思う距離なのですが

さすがの私も体調が悪いようなら歩かせることを躊躇する距離)

パルスオキシメーターを使って動脈血酸素飽和度(SpO2)を測るといつもより低い

あれ?と思ったけれど、熱はないという。

ちょっと気になったけれど、かかりつけ医にもかかってるし

熱もないし、ちょっと体調崩してるのかな?何だろうと思いつつ帰宅。

 

そして、9日の午後に実家に行ってみると、なんとなく父は元気がありませんでした。

母は銀行での用事を済ませて、友人と会って市内の美術館へ出かけてました。

昼を実家で食べることになっていたので、準備をしながら

寝椅子に座っておとなしくしている父の酸素飽和度(SpO2)を測ってみる。

安静時は酸素は必要無いはずなのに

動作時の3Lの流量の酸素を使っているのに90%を切ってしまう。

ちょっと動くとあっという間に84%ぐらいまで下がる。

安静にして酸素を使っても、なかなか数値が上がってこない。

聞くと父は 「今日はとっても苦しくて調子が悪い。」 という。

 

それなりに食欲はあるので、とりあえず母が用意してくれていた炊き込みご飯を一緒に食べて

いつもの寝椅子に座って食休みをしている父の酸素飽和度(SpO2)を再度

指先温めて測ったり、酸素を止めて測ったりと色々なシチュエーションで測定

これは病院にかからないとヤバイレベルだと感じ

父に、この数値は病院にかからないとまずいレベルだから病院へ行こうと切り出すと

軽く拒否られ、今朝からの様子を聞くと熱は測り忘れたということで

熱を測ってもらうと、37.2℃あった。

これで、父も観念したらしく病院へ行くことを了承。

 

元々入院していた病院に電話をしたとして、どうやってそこまで行くか

タクシーを使っても、酸素を付けてここまでしか数値が上がらないのに大丈夫なのか?

色々考えて、#7119に電話をして相談してみた所、救急車対応レベルなので繋ぎます

そう言われて、救急車で元々入院していた病院へ運んでもらうことになった。

ご本人、救急車で運ばれることに納得してますか?と聞かれて、へ?と思いましたが

拒否する場合もあるんだなと、初めて思い至った。

(まあ、拒否っても無理やり乗せるけど)

 

父に上着を着せて、父の財布と保険証や診察券、お薬手帳を探し出し準備を済ませ

待っていると救急車が到着。

救急救命士の方が、酸素飽和度(SpO2)を測ってくれてこれまでの経緯を伝えると

父を座り姿のまま、シートを使ってよっこらしょと救急車まで運んでくれちゃった。

酸素はもし帰れるかもってときに必要だからと持ったけれど、靴持ってきて下さい言われ

忘れてたと袋に詰める。

 

父は呼吸が苦しいので、寝かせることはなく座らせたままで救急車に乗ってました。

そうこうしていたら、母から近くまで来てると連絡があり、母も一緒に乗れました。