卑弥呼と会津<14>
お茶を濁していたわけではありません。4月29日が長野県伊那市高遠町の保科正之公生誕祭(415年目)で、それに合わせて原稿を書いていたのと、これまた法務事案で、30日までに書面を送らねばならなかった。さらに、なんと正之生誕祭向けに、手作りの冊子づくりをしなければならなくなっていたという始末。昨年も苦労したけれど、ページ建てが大変で、たかが24ページなのに、A3用紙の裏表にファイルをバラバラにして貼り付けるという仕事、できてしまえばアレって思うほどすっきり感を味わえるのだけれど、「戊辰はるか」の原稿の方はすでに原稿用紙250枚分を超え、エンディングを迎えられず、そのままで、焦ること焦ること。
全部終えることができたのが、昨日の午後3時でした。終えたところに、遠方からメールが来ていて、近況を聞いてきたから、つい気分が大きくなって、「我が先祖は将軍秀忠の子」などと、英語に翻訳して返事しておいた。
ともあれ明日からは連休で休みが続くので、英気を養いながら<卑弥呼と会津>を追いかけたい。
ただ、「照姫」については殆ど書けていないのが気がかりなので、この休みを活用して、一応の準備だけはしておくつもり。まだ読んでない関連図書は、七冊ばかりある。

