卑弥呼と会津<13>
「時(時間)なんてない」、なんて教わったのは遠い昔のこと、物理の講義の時だった。
時が追いかけてくるのは毎日のよう。と、言い訳がましく、いまこのブログを書いている。
たった今、今日来た裁判所からのラブレターに黒いインクで返事を書いた。
まさか青い便箋ではない。いつものわら半紙に赤いハンコを押して速達で出した。
沢田研二や井上陽水(心もよう)の歌にあった、もはや数世代前のあの元気さは、どうす れば戻るのか、分からない。でも、売られた喧嘩を買うほどのわずかなアドレナリンは残っているのだろう、なかなか運動神経にはつながらないのだけれど。
月末までには「戊辰はるか」を書き上げなければならない「自己宣告」があって、なんとか予定の七割ほどにはいっているのだけれども、その間の障壁、あの「行政事件訴訟法」あるいは「国家賠償法」、またまた憲法78条と、あちらこちら目配せをさせられながら、そしてついにはGeminiAIとも対話して、何やら得体の知れない「時」と戦わされている。
ことGeminiは、使い方では面白い。何より楽しかったのは、間違いを指摘するとしっかり詫びを入れてくるところ。裁判所も警察本部ももはやA I以下だという、精神生活には欠かせないツールになってしまっている。つい楽しくなって、あっという間の2時間、レポートは、あっという間のA4 ・40ページになってしまっていた。
もともと、A Iが司法試験合格!というような噂話を耳(目)にしていたので、試そうとは思っていた。
前世期末に富士通は、弁護士や司法書士向けのワープロを販売、しかもそのO SはM S-DOS(Windowsの前身)だったから、法律の基本書式は網羅されていたので、A Iになってもその時のデータは全て確保ずみというところだろう。光学式プリンターも含めると一式500万円はしていたし、官公庁仕様で大手法律事務所にしか売らなかった。
おそらく当時の利用者は、その基本ソフトがM S- DOSであることなど全く知らなかったと思われる。たまたま、フリーズして、復旧最中にヘブライ語が出てきたので、それで初めて「こりゃ、DOSだ」、となった訳。これは、今まさに起きているトランプのイラン爆撃とも、深いところでつながっている。
少し気になったのは、後と先とで応答レベルが異なること、これはしっかり注意すべき点だと思われるところだ。
今日は金曜日、あっという間の一週間だった。「卑弥呼」も「はるか」も遠藤君も忘れた訳ではない。ただ、AI大量殺人、児童〇〇、ついていけない時代が始まっている。

