まず間違いを訂正させて下さい。
DNA<6>の※1 「サンダイアル」の間違いです。そして※2志田浜 2021年6月21日は2025年6月21日です。
紫姫さん7月28日の記事の「秦人」、そしてりまりまさんの同日の記事の「三島」の記事、どちらにも共通する画像が出て来たのでお知らせしたくて、アップします。またもお墓の写真で申し訳ありません。
必死に思い出そうとしていますが、思い出せるのは今のところ三島町役場に行って、この場所を訪ねたということだけです。ただ、「徐福」との関連だったのかとも思います。うろ覚えなのですが、「大石田」という地名が気になっています。
会津 大沼郡三島町
ここ三島町は、御神楽岳の山裾とも言えますが、この町にあった桐材組合が所有していた「商工中金 」の、もとは「組合出資金」、そして現在は「株」を 福島支店長に頼まれ四半世紀以上持っていたのですが、とうとう手放しました。そんな思い入れが「三島桐」にはあって、会津の桐と漆器の未来を考え震災復興の一助として、漆塗りと桐を残すために「碁盤」を開発してしまい特許まで取得しましたが、経産省の伝統工芸諮問委員に「斬新なアイデア」を生かした作品は伝統工芸ではないとされました。今や彼らが生きている世界に昔の伝統工芸など少しもないことを知らないフリをしているだけ。朝焼け、夕焼け、蝋燭の明かりの下で生まれていた工芸と、蛍光灯ならぬLEDライトの下で生まれる工芸品はすでに伝統でもなんでもない。時代を凌駕してこその「伝統」ではないのかと思います。
新潟の漁師(海人)にはなくてはならなかった、ここの桐材です。残したかったのです。
と、いろいろ思い出しながら、もう一つ賢治の「風の又三郎」について「三郎」の画像をアップします。
大戸岳 <祠> 風の三郎
「風の三郎」です。この「又三郎」を改めて知ったのは、あの 福島原発爆発の時でした。「又三郎」が吹いていたのです。どこに、ここ猪苗代湖にです。そしてあの時、放射線被害をこの湖は受けませんでした。「風の三郎」は大戸岳で、北風と考えていますが、まさに又三郎は、それ「三郎」を受けての「又三郎」で、西風のこと。この湖の湖畔に住む人々はこれを「弥勒風」と称していて、その年の実りを約束してくれる風として大切にして来ています。

