とても不思議。りまりまさんの3・11の記事を読んで、感極まってからか、ずっと右肩に、これまで感じたことのないひどい痛みを覚えるようになって、4月に入ってしまった。今は少し和らいでいる。しかし地元タウン誌の「会津嶺」に寄稿している文章は、想定外であったけれども、何故か会津若松の「諏方神社」にそれてしまっていた。木曽義仲が気になった。筆は三島大社に行ってしまっていた。「賀茂」と「小野」とに今は翻弄されている。そして信州伊那の「保科」だ。「賀茂」への関心については紫姫さんも言及していた。
会津には、上下賀茂神社と同じような神事を持つ伊佐須美神社あるけれど、驚きだったが、昨年、喜多方市にも伊佐須美神社があることが分かった。なぜかその代わりを「慶徳稲荷神社」が務めている。ここは神輿の飾りが「玄武」で美里町の伊佐須美さまは「朱雀」である。
そして、慶徳稲荷神社の宮司さんは、そのご先祖は鈴木であり穂積である。熊野修験者のれっきとした継承者なのだ。しかも本山派。
もっと言えば、この稲荷は「京都・伏見稲荷大社」から義家(八幡太郎)が勧請した。私には、義家と共に歩んだ「諏訪の為仲」の足跡がここには見え隠れしているように思われる。
東日本大震災のとき、なぜか猪苗代湖は放射線汚染被害から免れた。理由を辿ってみた。「弥勒風」だった。この猪苗代では昔、実りを約束してくれる風をそう呼んだ。そして、南に「大戸岳」、その麓に「木花咲耶姫」の伝承が残っているが、その山には「風の三郎」がいる。北風ををそう呼ぶ。そうだ、「風の又三郎」は、恵をもたらす「西風」のこと、「又三郎」だ。
写真は、諏方神社の隠里石。
2200年前のドルメン石。鶴ヶ城より出土。
蒲生氏郷時代。
