共感できない。でも劇場で観る価値はあった『エレクトラ』
正直、ストーリーも音楽も私の好みではなさそうだったので、「当日、気が向いたら観よう」くらいのつもりでした。
ところが、ゲネプロをご覧になった皆さんの絶賛レビューを見て、「そこまで言うなら…」と、ちゃっかりZ席を購入。ライトファンにとって本当にありがたい席です(見切れるけどね)。
結果的に、作品そのものにハマったわけではありませんでした。正直、100分間字幕を読んでいたはずなのに、終演した時には「結局どういう話だった?」状態(笑)。オペラ初心者にはなかなか手強い作品でした。シュトラウスの音楽も、最後まで「このメロディ好き!」というフレーズは見つからず(笑)。ピアノは長年弾いてきましたし、ソルフェージュも勉強してきました。それでも、ここまでメロディラインが頭に入ってこない作品はそうそうありません。よくこんな複雑な曲を暗譜できるものだと、歌手の皆さんへの尊敬ばかりが増していきました。
主人公に共感できない…
あらすじ
父を母クリテムネストラとその愛人エギストに殺されたエレクトラは、復讐だけを胸に生きています。死んだと思われていた弟オレストが帰還し、二人は父の仇討ちを果たしますが、歓喜したエレクトラはそのまま命尽きてしまいます。
途中から「これ、ハムレットっぽいな」と思いながら観ていました(笑)。復讐に取り憑かれた主人公というだけでなく、家族関係のこじれ方までそっくり。
正直に言うと、最後までエレクトラに魅力を感じることはありませんでした。妹クリソテミスは「普通に結婚して幸せに暮らしたい」と願っているのに、エレクトラはそれを嘲笑し、復讐だけに人生を捧げます。復讐以外の選択肢は見えず、自分の考えだけを貫き、周囲の思いにも耳を貸さない。終盤の狂喜乱舞も、私には悲劇というより狂気に映りました。むしろ、「毒母と狂気の姉がいなくなり、ようやくクリソテミスに平穏な日々が訪れるのでは」と思ってしまったほどです。
古典だからこそ考えさせられる
古代ギリシャでは、父への復讐や家の名誉が重視され、現代とは価値観が大きく異なります。だからこそ、現代の私がクリソテミスに共感し、「復讐より普通の人生の方がいい」と感じるのも、ごく自然なことなのでしょう。古典は昔の価値観を押しつけられる作品ではなく、「今ならどう感じるか」を考えながら楽しむものなのかもしれません。
同じシュトラウスなのに、『ばらの騎士』や『アラベラ』とは別人が書いたのかと思うほど女性像が違う(笑)。恋や人生を描いた作品もあれば、こちらは復讐だけで100分突っ走る世界。シュトラウスさん、振り幅が大きすぎます。
音楽と歌唱は圧巻
ストーリーは最後まで理解も共感もできませんでした。でも、音楽は別。シュトラウスの輝かしいフィナーレと、最後までキレッキレだった女声陣の歌唱には痺れました。
巨大なオーケストラにまったく埋もれないタイトルロール、アイレ・アッソーニ。歌っていない瞬間まで音楽とぴたりと呼吸を合わせ、見得を切る姿が格好良すぎます。
エレクトラと並んで印象的だったのは、クリソテミス役のヘドヴィグ・ハウゲルド。エレクトラに負けない圧倒的な声量で真っ向から渡り合い、この二人が舞台をぐいぐい引っ張っていきます。
復讐に取り憑かれた姉と、普通の幸せを願う妹。対照的な二人のドラマを歌声だけでも鮮やかに描き分け、聴いていて本当に耳福でした。ストーリーへの共感とは別に、この二人の歌唱を聴けただけでも劇場へ足を運んだ価値があったと思います。
現代に生まれて良かった
もちろん、世界を見渡せば今なお戦争や報復の連鎖が続く地域もあります。だから、この感想は日本で暮らす私だからこそ言えるのかもしれません。それでも、復讐が復讐を呼び、家族が憎しみの連鎖から抜け出せない世界を見届けたからこそ、平穏な日常のありがたさを改めて実感しました。やっぱり、平和が一番。
作品自体は私の好みではありませんでしたが、それでも、この圧倒的な音楽と歌唱を劇場で体感できたことには大満足。オペラは「作品」と「上演」は別物なのだと、改めて実感した一夜でした。
【スタッフ】
指揮:大野和士
演出:ヨハネス・エラート
美術:ハイケ・シェーレ
衣裳:ノエル・ブランパン
照明:オラフ・フレーゼ
映像:ビビ・アベル
【キャスト】
クリテムネストラ:藤村実穂子
エレクトラ:アイレ・アッソーニ
クリソテミス:ヘドヴィグ・ハウゲルド
エギスト:工藤和真
オレスト:エギルス・シリンス
オレストの養育者:斉木健詞
クリテムネストラの腹心の侍女:中村真紀
クリテムネストラの裳裾持ちの女:杉山由紀
若い下僕:糸賀修平
年老いた下僕:河野鉄平
監視の女:森谷真理
第1の下女:金子美香
第2の下女:谷口睦美
第3の下女:清水華澄
第4の下女:(変更前)竹多倫子→(変更後)髙橋絵理
第5の下女:田崎尚美
合唱:新国立劇場合唱団
管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団
カヴァー歌手たちによる公演は久しぶり。せっかく「いつでも交代できます」に準備してるんですもの、何かしらの形で演奏の機会は欲しいですよね。観客にも出演者にも優しい素敵な企画。
出演
○城谷正博(解説)新国立劇場オペラ音楽ヘッドコーチ
○『エレクトラ』カヴァー歌手
清水華澄(クリテムネストラ役)
田崎尚美(エレクトラ役)
森谷真理(クリソテミス役)
河野鉄平(オレスト役)
ピアノ:木下志寿子
年末にはストレートプレイ版が上演される予定です。








