お約束を楽しむ『金閣寺』

『金閣寺』は、松永大膳が雪姫にしつこく迫る話……と言ってしまうと身も蓋もありませんが、だいたい合っています(笑)。大膳に言い寄られても雪姫は徹底抗戦。その結果、桜の木に縛り付けられるという、とんでもない状況に追い込まれます。そこへ敵方の此下東吉が現れ、さらに雪姫の有名な「爪先鼠」の場面をきっかけに物語が大きく動き出す、歌舞伎屈指の人気演目です。舞台上には満開の桜。季節はずれとはいえ、花吹雪まで加わるとやはり華やかです。

見切れる東吉、せり下がる東吉

中村隼人の東吉は、ジュリエットのもとへ向かうロミオさながら、金閣寺の上層階へよじ登る場面が大きな見せ場。ただし歌舞伎座は舞台開口部の高さが低く、バルコニー席からだと途中で見切れてしまいます。でも、そこは歌舞伎座。ちゃんとせり下げて観客に見せ場を提供してくれる。観客が見たいものをどう見せるかというノウハウの蓄積はさすがです。

ワクワクしてはいけないイリュージョン

滝の水を井戸へ引き込む。桜の花びらが鼠になる。こう聞くと「いったいどんな仕掛けなんだろう」と期待してしまいますが、ワクワクしちゃいけません。そこは歌舞伎です。最新技術を駆使したイリュージョンではなく、「そういうものとして受け入れる」のがお約束。リアルさではなく様式美を楽しむ世界です。だからこそ、花びらが鼠になった瞬間に客席が「ああ、出た出た」と納得する。そのお約束を共有できるのが古典歌舞伎の面白さでもあります。

動かなくても強い松永大膳

そして今回あらためて感心したのが中村獅童の松永大膳。歌舞伎の殺陣は、主役がバッタバッタと敵を倒すというより、主役が見得を切り、その周囲が吹き飛んでいく様式美で成り立っています。つまりメインキャストはほとんど動きません。ところが獅童は、その「動かない時間」がしっかり成立していました。ギラリとした眼力と圧のある存在感で、実際にはほとんど動いていないのに「そりゃ周りも吹き飛ぶわ」と納得させてしまう。敵役としてのスケール感が舞台全体を支配していました。

 

正直なところ、獅童は隼人にかなり貫禄勝ち。ただ、お芝居としてはこれくらいでちょうどいい気もします。まだ若き東吉と、「国崩し」の異名を持つ松永大膳が同じ大きさに見えてしまったら話がややこしい。大膳の巨大さが見えるからこそ、後に天下人となる東吉の将来性も感じられました。

オケピならぬ豪華版

そして個人的に面白かったのが音楽。ミュージカルのようなオーケストラピットはありませんが、黒御簾まわりの演奏陣が実に豪華。場面ごとに担当が入れ替わり、まるでリレー形式です。小さな回り舞台になっていて奏者がグルリと入れ替わったり、陰段が設置されてデュオがトリオになったり、一階の演奏の次は二階で演奏されたりetc...とっかえひっかえの豪華版。舞台ばかり見てしまいがちですが、耳を澄ますとこちらもなかなかの聴きどころでした。

 

幕見席でサクッと見るつもりが、思った以上に歌舞伎の様式美を堪能してしまった午後でした。

 

【配役】

将監息女雪姫:中村時蔵
此下東吉後に真柴筑前守久吉:中村隼人
松永大膳久秀:中村獅童
狩野之介直信:中村米吉
松永鬼藤太:中村種之助
十河軍平実は佐藤正清:中村歌昇
慶寿院尼:中村錦之助