家事の対価を誰が払う? | 家のことらぼ

家事の対価を誰が払う?

主婦の仕事は多岐に渡っており、それに対してシッカリ評価して対価を頂きたい。
しかしそれを支払うのは一体誰なんだはてなマーク


夫か?
一人暮らしの場合、自分自身じゃないか?
自分の世話をするのは自分。したいようにすればいい。
そうすると夫婦家庭の家事費というのは基本的には折半なんだろうか?
子どもの負担というのはどうなる?
成人した子供が、働らかないで家にいる場合はどうする?


家事を対価にしようと考えてみるとよくわかるが、
現実生活の経済原理のあり方って、資本主義でくくれないものがあるように、どうしても思えてしまう。
戦後の復興は日本人全体にとって悲願であり、男は世界を夢見てモーレツ企業戦士になり、
その生活全般と子育てを担ったのが専業主婦だった。
そんな風に役割分担をして成し遂げることができたんだと思う。
だから、夫の給料は妻のものでもあった。給料袋をそのまま妻に渡し、妻が家計を管理する形が多いのだ。その時の会話はこうだ。
「よく頑張って家を守ってくれているね。いつもありがとう。今月もよろしく頼むよ。」
「家族のためにいつもお仕事ご苦労様です。体に気をつけて今月もよろしくお願いします。」


あうんの呼吸をお互いにわかりあっていた夫婦も多かったんだろうと思う。
役割を全うすることに何の疑問も持つこともない。


時代は移り変わり、するべきことも変化した。
戦後復興右矢印高度成長右矢印男女雇用機会均等法右矢印バブルトラウマ右矢印少子高齢化人口減少右矢印人材活用


一時期、日本は世界でいちばん格差のない国と言われていたと思う。
”一億総中流”という言葉を聞いたことがある。
バブルの時期にとうとう祖父・祖母たちの夢である、世界に追いついた。
妻が家庭を守り、夫は家庭のことを心配する必要なくモーレツに働く体制ができていたからだ。
その子供たちは生まれながらに物に困らない暮らしをし、平和ぼけていった。
世界に追い付いてもいいが、世界一になるという覚悟はなかったんだろう。
いつまでも他国の庇護ものとで生きられればいい、それが安全なんだと。
バブルは崩壊し、そのトラウマが今も続いている。
日本はプライドを失った。日本のくせにと、あからさまにいう自国・他国の人々。
企業は一流、政治は二流ということらしい。
日本は世界で一流だといわれるような素晴らしいところがいっぱいある。
いうべきことはいう、するべきことはする、世界を牽引できる日本に
今は生まれ変わるべき時なのではないかと思う。
そうした時代に家庭や夫婦の役割、あり方も変化しないでいることはできない。


人口減少は止まらない。
けれども日本の文化を次世代につないでいかなくてはならない。
高度成長期の親たちは兄弟がたくさんいた。世の中がきな臭い時代は産めよ増やせよという
ことが奨励される。その余韻の時代、女性たちは主婦として家庭という日本の土台を守って高度成長の大きな力になった。
今は人口減少時代。日本の素晴らしい文化や仕組み、精神遺伝子を地球上にどう残していくか。
家庭という仕組みの中で引き継がれてきたものが急速に失われている時代。
高度成長時代に定着していった核家族は家庭の引き継ぎを断絶した。
神棚もない仏壇もない家に住む人が増えて、今がある。


家を守る存在のない時代。
家を守る精神も人も家にいなければ、家庭文化というものはあっという間にて消え去ってしまう。
現在日本は単身率40%に向かって驀進中だ。結婚しない人も増えつづけている。
個室を与えられた私たちは「一人でいる」快適さを知っている。
けれども「家族団欒」の幸せを知っている人はどんどん減っているのかもしれない。
団欒はがんばる力を与えてくれる。アンデンティティーの源泉だと思う。
団欒は、人が一生生き切るための自信の源になる。私はそう思う。
夫婦の問題に取り組んだのもそんな想いがあるから。夫婦は団欒をつくる核になる。


家族、もしくはシェアハウスに暮らす家族もどきの団欒をつくることは、
特に子ども時代には、すごく大事なことだとおもう。
存在を認め合い、一緒に笑い、一緒に泣くそういう経験が人にとって大切なんだ。


人口減少時代の日本は、一人ひとり全員が持てる強みを発揮して能力を活かして行く方向になっている。女性も若年層もシニアも全員体制で「考える人」「行動する人」になっていく。
病気などせず、いつまでも若く、そして限界まで考えて工夫を凝らす。
全員が「考案する人」となっていく。仕事場で考え抜いたその力を発揮する。
それをしなければ、日本という国は地球上から消滅するかもしれない。
みんなが外に出て働くということは、家に人がいなくなるということ。
家族団欒は、子ども自身も忙しい中でなかなか難しい。
工夫しなければ、家族団欒の時間はどんどん流されて消えていく。


主婦・主夫の仕事は、家事だけではない。
本当は家族団欒を生み出すことが大切で、今後の日本を支える大きな力になっていく。
主婦の真価はそこにあると思う。


夫婦共働きを奨励している今の日本において、
家族団欒をどうやってつくるかは大きな課題。
家事を外注することで家族団欒の手助けになるのならば、大いに結構なことだ。
その費用の一部を企業や国が負担してでも家庭の団欒はつくる価値があると思ってる。


クローバー
けれども、国がやるべきだとほうって置けない。
私たち主婦がいますぐできることは、家族団欒の時間をつくろうとすること。


独り身だって団欒をつくることはできる。
シェアハウスは人と触れ合うことが目的だし、婚活シェアハウスなんていうのもある。
シェアハウスが結婚準備になることがあると思うしね。
なにかのコミュニティに所属して仲間をつくることだってできる。


一人は快適だけれども、不安が付きまとうのでどうしても小さな世界に閉じこもりたくなる。
自分ひとりのスペース、行動範囲、考えることの範囲にとどまるってことだから。
団欒が足りないと、人って底力が出てこんとしょぼん思うのよ、私。


ちなみに私にとって一番幸せなのは「誰かいる、ひとり」
そうじゃないとびくびくしちゃって動けないもの。ガーン臆病だな
だから、時々団欒、時々会議、大体一人。そういう環境をつくる工夫はしてる。
考える時間がないと、それはそれでインスピレーションが枯渇するドクロ
団欒と孤独、それは両方必要なんだけど、日本には団欒が足りてないと感じてる。


団欒を産み出す主婦力が低下している状況では「家事の対価を誰が払ってくれんの?」ってなるけれど、その主婦力が家事の対価を支払ってくれるようになる。実はね。