こんばんは!
@Rico です。
あっという間に、3月も中旬‼️
マッハのごとく
いやいや、光陰矢の如し🏹 ですね✨
そんなこんなで振り返ってみたら
昨年2024年は、お彼岸期間に四天王寺さんに
参拝していたのを思い出しました![]()
⭐️トピ最終日
⭐️四天王寺さん本編
(シリーズ⑩までと番外編シリーズ②まで❗️)
お彼岸とは?
お彼岸(おひがん)は、春分の日と秋分の日を中心に行われる仏教の行事。
(中日の前後三日間がお彼岸の期間とされます)
この期間は、亡き人を供養し、先祖を敬い感謝するためにお寺や家庭でお墓参りを行います。お彼岸の「彼岸」とは、仏教で言う「悟りの世界」を指し、私たちが迷いから解放されることを象徴しています。
春分の日と秋分の日は昼夜の長さが同じで、自然のバランスが整うことから、仏教の教えに基づく理想的な時期とされています。
ふむふむ。
さらにいえば、よく耳にする
此岸しがんと彼岸ひがん
ざっくりといえば
この世とあの世
もう少し、詳しくいくと
此岸(しがん)
•「此岸」は「今の世界」や「現世」を指す。
•物質的、感覚的な世界で、苦しみや迷いが存在する場所。
•日常生活で私たちが経験する現実的な問題や課題を含む。
•修行や学びを通じて、心の清浄さを追求することが求められる。
彼岸(ひがん)
•「彼岸」は「悟りの世界」や「理想的な世界」を指す。
•悟りや解脱が成し遂げられた状態で、煩悩や苦しみが無く、平安や安らぎが存在する。
•仏教の理想的な状態、または仏の教えに基づく精神的な到達点。
(まぁ、いろんな意見が飛び出そうな解説よね
)
さらに、さらに
仏教的な視点を踏まえて
ググッと掘っていくと。。。
1. 此岸と彼岸は心の境地を示す
仏教において、此岸(現世)と彼岸(悟りの世界)は単に物理的な距離や場所を示すものではなく、心の状態や意識の次元を表しています。此岸は煩悩や無明、苦しみを含む世界であり、彼岸はその苦しみを超えた悟りや安らぎの境地を指します。私たちが日常的に経験する「現世」は、解脱に向けた修行の場であり、彼岸に到達するためのプロセスがこの世での修行によって実現されることを理解することが重要となる。
2. 此岸の中に彼岸がある
「此岸と彼岸は別世界ではない」とも言えます。
仏教では、「彼岸」は遠い理想の世界ではなく、むしろ「此岸」の中にその実現可能性が含まれていると教えています。修行を積み重ねることで、私たちは日常生活の中で少しずつ「彼岸」の世界に近づくことができるのです。たとえば、瞬間的に無我の境地に達することや、困難に直面した時に心の平安を保つことなど、日常の中に悟りのひとしずくが見える瞬間があるのです。
3. 仏教の修行は「此岸」から「彼岸」への架け橋
仏教の修行は、彼岸に到達するための道具です。
坐禅、念仏、精進、瞑想などの実践を通じて、私たちは此岸から彼岸へと向かうのですが、この過程そのものが修行であり、悟りを目指す行為です。
従って、修行とは「到達」を目指すのではなく、「歩み続けることそのもの」が重要であり、修行を通じて自己を見つめ、心を清め、慈悲や智慧を深めていくことが本質です。
(chatGPTやけど
)
つまり❗️
彼岸と此岸は
切っても切れない関係であり、
深く結びついている
それは、まさに意識レベル✨
ということやね☝️
修行という行為が大事なのではない。
その本質がなんなのか、をしることが大事✨って
ことよね。。。
お彼岸のときって
いろいろと思うことがあるらしく![]()
そのとき感じたことを書いとりました^^
お彼岸①
お彼岸②
お彼岸③
てなワケで
室生寺シリーズ✨
ちろっと待っててね^^
では。
いつも、ありがとう^^
@Rico
幸せは自分のために
世界が平和であるために





