今の私の意識は、
たった2日でもう変わってる![]()
でも、
だからと言って
2日前の私が
「ダメ」な訳じゃなくて
「彼氏か、彼氏以外か」と、
一旦思った私がいなかったから
今日の私にはなってない事も
よーくわかってる。
ここもね、
前は「1発で正解に辿り着くこと」
が、「すごい事」だと思ってた。
じゃなきゃ、
「褒められないじゃん」
「認められないじゃん」
と思ってたんだよね。
そんな事は
1ミリも思ってません風を
装ってね![]()
プライドお化け👻
そりゃあ、
いつも他人とも
自分の内側とも
戦い続けてるんだもの、
疲れるわけだよ😇
本日は全員顔出し✨
今までもさ、
自分と向き合う中で
私のプライドは鬼ほど高い事とか
拗らせると傲慢でしかない事は
わかってはいたんだけど、
気づいて終わってた![]()
![]()
![]()
正確に言うと、
癒してるつもりだった。
やってるつもりだった。
体感的に、
半分くらいしか
癒してなかった感じ![]()
本当に癒しが起きた時は
傷が一瞬でなくなる‼️![]()
だから、
意識が先で
現実が後なんだ。
その意識も、
癒された状態じゃないと
作られる現実は、
毎度苦しみのパターンになるんだ。
本当に「癒す」って
その前に強烈な「痛み」が伴う。
でもその痛みすら、段々と「快感」になる![]()
それは、
私がドMだからじゃなく←
そこには「癒される」までが
セットだからなんだ。
この「一瞬で意識が変わる癒し」って、
自分の内側から湧き上がってくる
「絶対的な安心感」ってやつで、
これが、
自分に対する
自信とか信頼とかに
なっていくんだなぁって思う
・
この記事を書いた時に、
私は「頑張り続けなければ愛されない」
というパターンを持っている事に気づいたけど、
そのパターンが
いつ作られたのか、
今日やーっとわかった![]()
これは、
アンバサダープログラムに
参加していなかったら
絶対に辿り着けなかった‼️
ありがたい![]()
私が、
悲劇のヒロインだったのも
ドラマチック症候群だったのも
かまってちゃんだったのも
全部の根源は、
弟と比較されて
傷ついていた事
から、始まってた。
そんなの
ぜんっぜん気づいてなかった![]()
弟の存在は1番アウトオブ眼中だった。
灯台もと暗しとはまさにこの事‼️
でもさ、
だから私は、
ここ数年ほとんど
弟の話をしなかったんだ。
そこも無意識だったけど![]()
痛いところは
華麗にスルーをするって
よく聞くし言ってたけど
本当だね🫢
私にとって
1番痛いところは
両親よりも弟だった‼️
衝撃💥![]()
私と弟は2歳違い。
兄弟喧嘩をした記憶がないくらい
すごく仲良しだった。
弟は、
私と真逆の性格で、
小さい時から
とても大人しい子で
1人でお留守番が出来るような
本当に「手がかからない子」だった。
私は、
幼稚園から帰った時に
家にお母さんがいなかったら
近所中に響き渡るくらいに
大声で泣き叫ぶような子で、
お母さんにいつも怒られてた![]()
そんな時に
よく聞いてたのが、
「本当にあの子は手がかからない」
「弟は1人でお留守番出来るのに」
「あの子は大人しくていい子」
という、
弟と比較される言葉
だった。
私ね、
今日の今日まで、
まさか自分が弟と比較されてたなんて
これっぽっちも気づいてなかったの‼️
セッションとかで、
兄弟と比較されて
傷ついたって話を聞いても
「そうなんだねぇ」とか言って
まるで他人事だった![]()
だけど、
それ、私だった‼️
その言葉は、
お母さんだけじゃなくて
親戚の叔母さんもよく言ってて、
その度に傷ついてたんだ。
なんなら、
外見コンプレックスも
弟から始まってた事に気づいた![]()
そこもかよ⁉️![]()
うちの弟は、
小さい時はめっちゃイケメンで
よく「ジャニーズに入れる」とか
言われてた。
私の友達も
わざわざ弟と写真を撮る為に
家に遊びに来たりしてるくらいに
イケメンと言われてた。
本人は、
恥ずかしがり屋だし
すごく嫌がっていたけれど、
どこに行っても
外見も中身も褒められる弟に
私はめっちゃ拗ねてたんだー![]()
とは言え、
いつも私にくっついてくる弟が
私も可愛かったから、
まさか弟に
そんな感情を抱いてるなんて
夢にも思わなかったんだ。
本当に、
よく一緒に遊んでたし
内気で自己主張がない弟の事を
どこか「守らなきゃ」とすら思ってた。
そんな私を、
おばあちゃんだけは
いつもすごく褒めてくれたし
めっちゃ可愛がってくれた。
おばあちゃんは、
旭川に住んでたし
仕事もしていたから、
そんなにしょっちゅうは
会えなかったけど、
会う度に、
「明美ちゃんが1番可愛い」
「明美ちゃんが世界一」
と、言ってくれていた。
私も、
そんなおばあちゃんの事が
とにかく大好きで、
家に来る時は早く会いたくて
1人でバス停まで迎えに行ってた。
おばあちゃんだけは
私をいつも愛してくれる。
そう思ってたんだ。
傷ついた私にとって
おばあちゃんは精神的支柱だったんだ。
大好きな
おばあちゃんが亡くなったのは、
私が高校3年の9月だった。
肝臓がんだったんだけど、
7月に診断された時は
もう手遅れの状態で
たった2ヶ月で亡くなった![]()
あまりにも
突然すぎる出来事だった。
おばあちゃんが入院してから、
お母さんは病院に泊まり込む事もあって
いつもの生活が一変した。
週末にはお父さんと一緒に
弟と3人で旭川まで
お見舞いに行く事も増えた。
おばあちゃんは、
どんどん弱っていったけど
私には何も出来なかったし
かける言葉すらなかった。
そんな私に
おばあちゃんが
最後に言った言葉が、
「明美ちゃんには
こんな姿を見せたくなかった」
だった![]()
おばあちゃんは、
限界まで病院に行かなかっただけあって
本当に我慢強かった人だったから、
孫に弱った姿を見せる事は、
屈辱的だったのかもしれない。
でも私は、
もっとおばあちゃんに
生きていて欲しかったよ![]()
おばあちゃんが
いてくれるだけで
私は良かった![]()
精神的支柱をなくした私は、
おばあちゃんが亡くなった
1ヶ月後くらいから
すすきので遊ぶようになった。
その時も
何で急にそんな事を
しだしたのかは
全くわかってなかったけど、
私の中に
「おばあちゃんだけは悲しませてはいけない」
という思いがあった事に気づいた。
その思いが、
ぷつんと切れたんだと思う。
それは、
「もう私の絶対的味方はこの世にいない」
という絶望もあったのかもしれない。
それを肯定するかのように
それからの私は、
どんどん生活がルーズになった。
私服を学校に持っていって
夜通しススキノで遊んで
そのまま学校に行く事もあった![]()
そんな私を
おばあちゃんは
とても心配していたのか、
亡くなってからしばらくは、
しょっちゅう夢に出てきた。
何も話さないんだけど
夢の中のおばあちゃんは
いつもしかめっ面だった![]()
私が、
そのままの私はダメと思って
役に立とうと頑張り続けてたのは、
頑張っていたら
たった1人かもしれないけど
愛してくれる人がいると
思ってたからだと気づいた。
そして、
私はそのたった1人の人がいれば
「それでいい」と思ってたから
「彼氏か、彼氏以外か」と思ってたんだ。
その1人に依存をして、
愛され続ける為に
尽くして頑張り続けてた。
そうじゃなきゃ
私は生きていけなかったんだと思う。
いつまでも
自分をダメと思って
頑張り続けていないと
愛されない
と思ってたんだ。
誰かと自分を比較して
「劣っている」所を見つけて
そこをカバーする為に頑張る。
たった1人だけ
認めて愛してくれる人に
愛され続ける為に。
だから、
自分をできる子と
思っちゃいけなかった。
たくさんの人に愛されて
上手くいっちゃいけないと
思ってたんだ。
商品が売れたり
人気者になったら
そのままの私を愛してくれる
たった1人の人がいなくなる。
と思ってたんだよ![]()
私は、
それだけは
どうしても避けたかった。
やりたくなかった。
だって、
生きていけないと
思ってたんだもん。
出来ない自分で居続けて
そんな自分を誰かと比較して
凹んで落ち込む事で、
そんな私を
受け入れて愛してくれる人を
見つけて安心してたんだ。
これが
私の悲劇のヒロイン像で
何十年と繰り返してきた
ストーリーのパターン![]()
1ミリもブレてない‼️
愛される事が怖いと
思っていた時期もあったけど、
違ったよ。
愛してくれる人を失う事が
1番怖いことだったんだよ![]()
私が、
恋愛を拗らせていたのも
そこだったのかもしれない。
何故か昔から、
「仕事を取るなら恋愛は諦めろ」
という思い込みがあった。
「できる女は愛されない。」
とか![]()
それって、
ダメな自分じゃなきゃ
愛されないと思ってたからだ‼️
あぁ、だから私は
会社員の時から
稼ぐようになるにつれ
弟を見下すようになったんだ。
それまでは、
「あいつは何もしなくても愛される」
と、コンプレックスの塊だったのに。
そうか‼️
鬼のように高いプライドは
弟への劣等感から生まれたんだ![]()
劣等感の塊だったから、
すぐに拗ねるし、
ヒステリーだし
かまってちゃんだったんだ‼️
しっかりしてるもん。
大人だもん。
こんなに頑張ってるんだから、
認めてよ
になってたんだ![]()
ひぃーーーーー![]()
もうさ、
このパターンは
手放そう![]()
私には、
普通に出来ることがある。
それは自分にとっては
特別な事でも何でもない。
例えば、
思った事を言ってるだけで
「おもしろい」と言われるとか、
好きなことに関しては
盲目的にのめり込めるとか。
それらを「ないこと」にして
劣等感を原動にしてたんだ‼️
やる気になる為に
劣等感が必要だった。
そこから
私は始まってたんだ。
もう満たされた状態で
生きていいじゃないか。
だって、
私の意識は、
とっくに満たされてるよ![]()
このパターンは
もうやりたくない。
私は、
自分を枯渇させなくても
普通に出来る事があるし、
それで愛されていい。
そんな私は、
たった1人だけじゃなくて
たくさんの人に愛されていい。
もう、
自分と誰かを比較しなくていい。
他人より自分は劣ってると
思わなくていい。
過去の私を否定するんじゃなくて
過去の私がいたから気づけた本当の私。
「ない」世界から
「ある」世界へ。
もう、
そっちの世界へ行こう。
三浦明美





