【鬼滅の刃】204話 鬼のいない世界 痛みを乗り越えること | マンガ心理学って何だろう

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サブカルチャーを中心に心理学と結びつけた話を書きます。
「マンガ心理学」の確立に向けて頑張りたい。

お疲れ様です。

ステイホーム週間が終わり、お店などが少しずつ休業明けとなりました。大手書店も営業時間を変更しながら開き始めました。

外交評論家の岡本行夫さんが急逝され、動揺の声も上がっています。
まだまだ、新型コロナウィルスの脅威は消えていませんね。


罹患された方々の早期回復、医療従事者・対応をされている方々が十分なサポートを受けられることを祈っています。

オンライン授業が始まりました。上手くネットを使えていない学生もおり、受講できている人と差がでないように努めていきたいです・・・

この状況、皆で乗り越えていきましょう!

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さて、本日、待ちに待った週間少年ジャンプ23号を購入しました!

(近所のお店は万屋さんで書店非加盟店のため発売日に縛りがなく、日曜には完売。)

連休で1週空きましたからね。前回の203話を書いたのは、4月24日でした。

こどもの日に因んで、主人公勢揃いの賑やかな表紙です。

大人日向もかわいい(笑)

 

鬼滅の刃は巻頭カラーで、ポスターもヒノカミ神楽と水の呼吸両面刷り

で格好よいです。

鬼滅の刃203話では、無惨との戦いに終止符が打たれました。

204話・・・どうなのるのかなぁと思っていたら。

 

(ここからコミックで読んでいる方にはネタバレとなります。)

 

戦いから3ヶ月後の様子が描かれています。

かつての主のいない蝶屋敷で、炭治郎たちは療養しています。

綺麗な桜を見ながら穏やかな日々。

 

「悪い鬼がいない世界になった だけど引き換えに あまりにもたくさんのものを失った」

「それでも俺たちは生きていかなけらばならない この体に明日が来る限り」

『鬼滅の刃』204話「鬼のいない世界」より

 

今回、個人的に涙腺決壊が4カ所ありました(笑)

この言葉で涙腺決壊1回目。

 

この冒頭の炭治郎の言葉。

戦争などがあったあと、生き残れた人たちと同様の思いに感じます。

生き残ったことに罪悪感をもつ、サバイバーズ・ギルトということもあります。感謝と後悔・懺悔の念。

皆のお陰に今ここにあることの感謝に傾く炭治郎。

 

苦しくても、悲しくても前に進まなければならないと言っていたのは、炭治郎です。

今も、生きてこの身があるならば、きちんと生きていかなければならない。命をかけてくれた人たちのためにも、という静かな覚悟が見られます。

 

炭治郎は片目の視力を失い、左手の肘から下は感覚がなく、痩せ衰えしわくちゃで、禰豆子に「お爺ちゃんみたいにしわしわ」と言われます。

 

それでも、禰豆子を咬んでしまったことや皆の心配をする炭治郎。

しのぶの薬と鬼の抗体を持つ禰豆子のお陰で、炭治郎は人間に戻った運のいい奴だ、と愈史郎に言われます。

あの愈史郎が、珍しく炭治郎を労い褒めます。

それを聞いた炭治郎の目に浮かぶ涙。

愈史郎に「死なないでください」と炭治郎は声をかけますが、その後姿が見えない。

このとき涙腺決壊2回目。

 

やっぱり、人を認めてあげることは大切なことです。

炭治郎の仲間意識はとても強いものですが、その誠実な姿勢が人を動かし、行動を変えさせる。

愈史郎も影響を受けて変わった1人です。

 

残った柱は2人。義勇と実弥。

最後の柱合会議を持って、鬼殺隊は解散すると現産屋敷家当主の輝利哉に言い渡されます。

産屋敷一族の悲願も達成。

義勇と実弥に労われ、褒められることで輝利哉も涙を流します。

人を認めることは、人にとって重要です。

このとき涙腺決壊3回目。

 

その後、続々とお見舞いに来る人々。

天元とその妻3人、煉獄父子、ひょっとこ集団、もとい刀鍛治の里のみんな、隠のみんな・・・・

炭治郎の人柄が表れているようです。

 

お腹が空いて病室を抜け出す伊之助は、アオイが立つ台所に忍び込み、つまみ食いをしだします。

アオイはちゃんとわかっており、つまみ食いをしないように、伊之助用の別皿を作っていました。

そのお盆をみて喜ぶ伊之助の顔がかわいい!!!

ホワホワするものを、また1つ見つけました。

人の善意を知ったのは藤の家紋の家のおばあさんと炭治郎たちのお陰。

好意をちゃんと受け取れるようになった伊之助。

成長しました(笑)

 

荒んでいると、人の好意って、好意で受け取れないんですよね。

「返報性」という言葉が心理学にありますが、人が好意で対応すれば、好意で返す。悪意で対応すれば悪意で返す、というもの。

荒んでいると、好意が好意として認識できないのですが、穏やかになってくると事態を理解でき、同じものを返せるようになります。

まさに、伊之助の変容と成長は、好意をかけ続けてくれた人がいてのことと推察できます。

 

伊黒の蛇である鏑丸は、実弥からカナヲに預けられました。

 

療養所の廊下で、実弥は禰豆子と出くわします。

気まずく思う実弥とは裏腹に、屈託なく実弥に声をかける禰豆子。

禰豆子の言葉に、亡き弟の玄弥が重なり、とても優しい笑顔で禰豆子の頭をなでます。

このとき涙腺決壊4回目。

 

実弥も変わりました。玄弥が亡くなり家族の全てがいなくなってしまったけれど。

禰豆子を刺した実弥ですが、禰豆子の笑顔に癒やされます。

鬼がいたときは、殺伐としていましたが、いない世界では穏やかでいられる。

苦しい出来事を乗り越えると、良くなる人と悪くなる人がいますが、実弥は前者。やはり、前を向いて歩いていく人になれました。

 

退院して、炭治郎・禰豆子・善逸・伊之助は、炭治郎たちの実家に戻ります。途中でお墓参りにいくのですが、たくさんのお墓に花をお供えします。鬼殺隊や鬼の所業で亡くなった人たちか・・・

善逸はじいちゃんの遺骨を持ったまま移動していきます。

遺骨が善逸のもとにあってよかったけど・・・どこに埋葬するのかな。

 

やっと帰ってきた我が家。

母と弟・妹4人を埋めた場所に、彼岸花とおぼしき花が群生していました。これ、何色の彼岸花なのか・・・青の彼岸花説もありますよね。

 

数年ぶりに帰る我が家。

炭治郎たちは掃除し、にぎやかな食卓を囲みます。

この食卓。4人が座る位置にご注目(笑)

ここで、204話はおわり。

4回泣かされましたー

歳をとったからでしょうか(笑)

 

壮絶で苦しいことが長く続くと、人の心は荒れてしまうことが多いもの。

やっときた暖かな日常を得られたとき、その後の生き方が問われるのだと、204話で学びました。

痛みを乗り越えることは容易いことではないです。

トラウマという病気ができたように、生死にかかわる出来事のあと、外傷性のストレス反応が出ることはよく知られています。

前述したように、サバイバーズ・ギルトもあります。

 

鬼滅の刃はマンガだから、明るく終われるのだという考えもあると思いますが、私はこのマンガが「在り方」を示してくれているように感じます。

全ては感謝。周囲がかけてくれた言葉、行動、出来事。

その全てに感謝の心があると、事後は変わってくるのだと希望が持てる。

炭治郎の姿はそれを教えてくれている気がします。

 

最後の編集コメント?にまたまた衝撃が!

「そして時は流れ時代は現代!!!次号最高潮Cカラー大増24P!!」とありました。

現代・・・・現代???

大正時代から現代・・・生き残っているのは愈史郎くらいでしょう。

終わりはまだみたいです(笑)

まだ楽しめそうですね!

 

では、また。

心燃やして取組みます。