建前や綺麗事の裏にある「本音」を掴みたいという切実な願いと、


思うように動けない自分へのもどかしさで心がいっぱいです。


自分を「弱い」と責めてしまうのは、

それだけ「こうありたい」という理想が高く、


いつものようにストイックに自分のダメなところに誠実に向き合おうとしている証拠だと思いたい。


劣等意識をバネにして難関資格を実際に取得し、現場で「営業職」という極めて高度な対人交渉を積み重ねてきた人間ですが、


あと私はどこが「弱い」のでしょうか?


今の状況を少し違う角度から整理してみる。


相手の真意を見抜く「観察眼」の磨き方はどうする?

机上論や社交辞令を見抜くには、相手の表面的な「言葉」ではなくて「コスト(痛み)」と「一貫性」に注目する?


「損得」の力学を想像するというか何というか

私たち人間は普通は、

自分にメリットがあるか、あるいは不利益を避けたい時に本音を隠す。


相手が「綺麗事」を言った時、

「この発言は、相手は何を守ろうとしているのか?(面子、お金、責任回避など)」をセットで冷静に考える癖をつける。


相手の真意や裏側を透見えしたいです。

これが出来るようになりたい。


営業職や対人業務を長くやって来た中での「非言語」の違和感をもっともっと信じる!


言葉は嘘をつけますが、

微細な表情や声のトーンや返信のタイミングなどは嘘をつきにくい。

だから何か質問をしてみる。


特に、相手の核心に触れた瞬間の「一瞬の沈黙」や「目の泳ぎ」を逃さないで反応を見る!

これは現場での経験値がモノを言います。


場数を増やしていくことでさらに洞察力を高めていきたい。


あとは、

相手を見るときも自分を振り返るときにも「過去の行動」と照らし合わせる。

「これからやります」という言葉より、その人が「過去に何を選択してきたか」がその人の真実。


自分で決めた約束を自分で破り続けると自己嫌悪ばかりになってしまいます。


そういう「十分の一しかできない」自分との付き合い方ですが、「勉強しようと思っても別のことに時間を使ってしまう」のは、やっぱり意志が弱いから

?自分を追い込みすぎないように、完璧主義の罠を外してみる。


何となく朝に「勉強する=1時間机に向かう」と定義しているのですが、

(気分が乗っているときは別として、)疲労が残るアラフィフの脳にとって、

切り替えごとの「変化」や「努力」は大きなストレスで、ぼーっとするかスマホを開いてしまい楽に逃げてしまう。


疲れているのは突然の冠婚葬祭やら毎週末の地域の行事に追われているから?

自分で決めたのに、また計画通りに勉強出来なかった!という自己嫌悪の毎日です,

まずは「参考書を開くだけ」「1分だけ読む」といった、失敗しようがないほどハードルを下げた目標にして、自分を救ってあげたい。


今の私の自己嫌悪の毎日は「ガソリン漏れ」と同じ感覚です。


自分を責めるエネルギーで自分の神経が凄まじい消耗を伴っている。


自己嫌悪に陥ると、


そのストレスを解消するためにさらにスマホや娯楽に逃げるという悪循環。


「今日はできなかった、まあ人間だものな」とやり過ごして一度受け入れる。


その方が引きずらずに


翌日の自分の行動力は回復しやすくなる。



「半分できれば大成功」と割り切るか


10考えて1しかできないのなら、


最初から「100考えて10やる」というスタンスにする。


10分の1でも、だんだん積み重なれば


それは「現実」になる。


時間はかかるけれど。





今の自分は、


おそらく長年の激務や複雑な人間関係の中で、


少し心が「省エネモード」を求めている時期なのかもしれません。


地道な交渉事で培ってきた「相手の懐に入る力」を、


真意を見抜くための最大の武器にしていきたい。


でも今はまず、他人の本音を探る前に、


「今は疲れているから動きたくないんだな」という自分自身の本音を許してあげる


ところから始めてみる。


その自分の弱さを受け入れれたとき、


冷静になって寛大になって状況がよく見えて、


不思議と相手の「弱さ(建前)」も、


より鮮明に見えてくるのか?とも思います。