あくまでもボクの主観。

 まるで家族のようだった。

 言葉は通じなかったが、毎日楽しかった。

 ボクは、ポルトガル語の挨拶をいくつか教えてもらった。

 彼らも、カタコトで話せる程度に日本語を覚えた。

 それでも不自由はなかった。

 複雑な説明をする時は、ボクはヘタウマ絵を描いた。

 仕事が終わって、鉄板焼屋に連れて行ったり、彼らの部屋でご飯を食べさせてもらったり。

 彼らの部屋は、ゴウくんが使っていたアパートの2階の部屋だった。

 具体的にどんなものを食べたか忘れたが、ボクのブラジル料理の印象は、「豆と塩。」。

 不味いとは思わなかったが、美味いとも思えなかった。

 この時期、ボクは「トッポキ」を好きになった。

 韓国人女性の家で食べさせてもらった。

 彼女とボクの関係。

 知り合いの友人だったか、母親だったか。

 思い出せなかった。

 薄っすらと覚えているのは、数回お宅に行き、韓国料理を食べさせてもらったこと。

 記憶の中では、そのお宅の台所の食卓テーブルで、ボク一人食事をしている光景だった。

 思い出せるポルトガル語は、「オブリガード」だけだった。