木や葉っぱと向き合っていると、
毎回新しい考えみたいなものが浮かんでくる。
今日浮かんできたことは、もっとそれについて知りたいと思うので
自分でもまだよくわかっていないけど、書いてみようと思う。
多分ブログに書くことで自分なりに深く掘り下げられると思うので、
どこに着地するか楽しみにしながら書いてみよう。
(最近こういう記事の書き方好き)
妄想族の私は、昨日の妄想を現場で再現していた。
屋上庭園でソウルメイトとばったり会うシーンから・・・
昨日の妄想はこちら
私の妄想・・・じゃない? ”33と龍馬とイエスとマグダラのマリアと瀬織津姫と”
それを現場で想像してみるとね、
なんていうか、魂がそこで出逢う、以外に何も起こってない気がしたの。
たとえば、そのとき私がぼっさぼさのすっぴんでも、
相手が私のことを嫌いでも、そんなのは外側のことで、関係ない。
現世のことで考えれば、少しでもよく見えたいとか、いい関係でいたいとか、
そういう遊び方はあるかもしれないし、
何か行動が変化するきっかけにはなるかもしれないけど、
そういうことではなくて、そんなのは本当に外の世界で・・・
起こっていることは、ただ起こることになっていたこと。
そしてその起こっていることは、
外の世界では実は何も起こっていないというのと矛盾しないの。
自分でも書いててわからなくなってきたw
矛盾なく説明しようとすると無理なので、感覚の話をするね (; ^ω^)
たとえば、魂の世界があったとして、
そこで魂が惹かれあう、重なる、光を出す、みたいなことがあったとして。
それって場所の移動もなく、時間も関係なく、
言うなれば、ただそう記述されるだけみたいな感じ。
それを、外側の世界では、
私がギックリ腰になるというドラマがあり、
それをきっかけにソウルメイトと再会、
泣いたり笑ったり気付きが起こってるというストーリーを創作する。
その途中には母がヘルプに来たり子どもが胃腸炎になったりw
細かい肉付けがいっぱいなされていて、
まるで真実であるように上手に創作されていて、私はそれを楽しんでるけど・・・
本当の本当は何も起こってないんじゃない?
って思ったんだよね・・・思っちゃった。
魂が出逢うっていうのもただの記述。
コンピュータの1と0でできているだけの信号が
感動的な映像や立体を生み出すように、
その記述(ただ起こること)が現世を作ってるとしたら。
てか、その記述のみの世界さえ、どこかの視点から見れば外側かもしれない。
気付けばそんなところに考えが至っており
・・・私どこの視点からこの世界を見たらいいんだろう・・・
と、毎度のことながら混乱しています (; ^ω^)
あとね、外側の世界がただの現れだとしたら、
外見を気にしたり、人目を気にしたり、必要ないって思いました。
もちろん、外の遊びとしては刺激的だし面白いんだけど、
本当に起こっていることをただ受け入れるなら、
人と出逢った瞬間、見た目なんか関係なく、起こることは起こる。
外の世界にそれが現れなくとも、ちゃんとそれは起こっている。
なんなら出逢わなくても起こっている。
きな優子さんが言う、非言語という部分だと思います。
そう、今朝私がこんなことを考え出したのも
今朝のきなさんの記事を読んで、
うわ~ってなんか頭がウニになったからなのでした。
(ウニになったって言う?旦那さんから教えてもらったんだけど。
頭がやわらかくなりすぎて訳わからなくなる、の意w)
気付いたことに向き合うのに、書くという作業は、今の私にぴったり。
結末の予測がつかないのがいいです。
落ち着いたところが、今の私の理解です (*´∀`*)b
私のここ最近の気付きを文字にするという作業は
完全に自分のためにやってます。
読みにくかったりすると思いますが、興味のある方は付き合っていただけたらと思います★
さて、お昼休みだー!現世のランチに行ってきますw ('ヮ^*)ノ゙

