さて、どちらでしょう?
私の大切な友人。
沖縄整体専門学院の照喜名弘彦先生
。(てるきな ひろひこ)
ちゃんとフルネームでふりがなをふってますね。
過去につわものがいらっしゃいました。
「照喜名先生」を「照 喜名(しょう きめい)先生」だと。
怪しい謎の中国人。
今頃、強制送還されてますよね(笑)
その照喜名先生。
昨日、facebookで以下の記事をアップされておられました。
-以下、引用文-
今日のセッションの御客様は足を引きずり顔を苦痛に歪めながらお
越しになりました。
非荷重でも底・背屈が出来ないくらいの足首。
テーピングも湿布も鎮痛剤(内服薬)もほとんど効かないらしい。
越しになりました。
非荷重でも底・背屈が出来ないくらいの足首。
テーピングも湿布も鎮痛剤(内服薬)もほとんど効かないらしい。
それでも「明日ゴルフがやりたいんです」って。。。
大げさでなく、脚長差が5センチくらいありました。
... 頸椎5番を調整したら脚長は揃いました。
痛みは「来た時が10だとすると、6くらいになりました」という
感じ。
それからアレコレやっても6以下に軽減しない。
カラダは「明日ゴルフやだ!」って反応。
そりゃそうだよね・・・。
でも「どうしても明日ゴルフをしたい」という御客様のワガママに
応えるべく、
カラダと対話し説得してました。
経絡も骨格調整も筋系も、その他いろいろなアプローチも反応せず
。
困ったのでとりあえず深呼吸をしていたら、
「アロマ」という神の声が聴こえた気がしました。
。
困ったのでとりあえず深呼吸をしていたら、
「アロマ」という神の声が聴こえた気がしました。
合う精油をチェックして患部とメジャーポイント(根本原因の部位
)に原液で塗りまくりました。
カラダに訊いたら「原液OK」とのサインだったので。
そしたら素振りのゴルフスイングではほとんど気にならない程度に
痛みが軽減。
痛みも自覚症状では10⇒3くらいになったと。
カラダも「しょーがねーからやっていいよ、ゴルフ・・・。」とい
う反応に変化。
)に原液で塗りまくりました。
カラダに訊いたら「原液OK」とのサインだったので。
そしたら素振りのゴルフスイングではほとんど気にならない程度に
痛みが軽減。
痛みも自覚症状では10⇒3くらいになったと。
カラダも「しょーがねーからやっていいよ、ゴルフ・・・。」とい
う反応に変化。
あとは深い睡眠をとれるようにコンディションをつくって、
睡眠中の自然治癒力に任せました。
本当はゴルフ中止にして休んだ方がいいんですけどね。。。
ていうか痛くなる前にセッション受けてほしい。
治療よりも予防をやりたいです。
ていうか痛くなる前にセッション受けてほしい。
治療よりも予防をやりたいです。
-以上-
もちろん、セラピストとしての腕前もさすがです。
すごく勉強熱心でいらっしゃるから、引き出しが多いですね。
この記事に私は、
「考えさせられますね。その方とどう関わるか?ということに。」
とコメントしました。
照喜名先生が返されたコメントの文中には、
「目の前で困っている人の助けになりたいという気持ちも出てきますし
(これも僕のエゴでしょうけど)。」
と書かれておられました。
「困っている人の助けになりたい=自分のエゴ」
と言えるセラピストの方がどれだけいらっしゃるでしょう?
私が「さすがだな」って思ったのは、これが言えるってこと。
「さらに技術を磨こう」
って思われる方がほとんどはないでしょうか?
ペインスケール「10→3」を「10→0」にしたいって。
「10→3」でも相当すごいですが(笑)
私も開業当初は、思ってましたよ。
「痛みで苦しむ方に楽になってほしい」って。
でもね。
上記の例をご覧になっても感じますよね。
「無理をしてでも明日ゴルフに行ってもらうことが本当にいいことなのか?」
「痛みをとってくれ」というお客さんに。
「痛みをとりましょう。」というセラピスト。
ちゃんと関係が成立してますね。
だから、何が悪いって言うのではありません。
でも、「痛みをとる」という以外の関係も持ちたいと感じる方もいらっしゃいますよね。
私もそうです。
というか、開業してから2年くらいでそうなりました。
照喜名先生もそうなんだと思います。
アタマで考えた価値観ではなく、カラダでそう感じたんです。
「なんか違うな」って。
でここからが難しいところなんですよね。
つまり、お客さんにとって、
「どうすることがいいのか?」
ってことですね。
かなりもがきましたよ(笑)
一時期は、アドバイスできるように啓発本や人生観の本ばかり読んでました。
いちおう、「先生」って呼んでもらえますからね。
何かアドバイスしないとって。
でもね。
ほとんどのお客さんは、私より年上。
人生経験が豊富なんです。
続きませんでした。
自分が。
しんどいんです。
それから、「患者さん」と呼ぶことをやめました。
そもそも「患っている」という言い方が好きではありません。
「自分は病気なんだ」という意識が固定しかねません。
それに、相手が「患者」なら、私は「先生」なんです。
それを治す先生なんです。
つまり、「治す人」と「治してもらう人」の関係になってしまうんです。
これは、明らかな上下関係。
私のスタイルではありません。
けど、「お客様」でもないんです。
そうすると、自分が下に感じてしまうんです。
私の場合。
で、「お客さん」に落ち着きました。
一番フラットに感じます。
おさまりがいいんです(笑)
最近の私の施術は、気の交流。
エネルギー交換ですからね。
フラットが一番交流しやすい。
上下に傾くとね。
「もらって」しまったり。
「ヘロヘロ」になったり。
ああ、違うなあって。
「お客さん」て呼ぶのと同時にね。
使命感は捨てました。
「何かためになることを言わなければならない。」
ってことを。
陰陽論を観てみるとね。
相対的なんですよ、何でも。
ある時には「陰」であってもね。
相手が変われば同じものが「陽」になったり。
だから、お客さんにとって何が「いい」のかなんて分かりません。
自分なりに考える「いい」って、すごく独善的だなあと。
冒頭の照喜名先生の例なら。
今回、痛みがマシになってゴルフができた。
けど、また、痛くなったら、照喜名先生のところへ来られるでしょう。
全く同じ意識で。
商売としては、それでOKですけどね。
照喜名先生は、それだけで自分を抑えられる方ではないですから(笑)
では、痛くてゴルフができないほうがよかったのか?
そこから、得られる気づきのほうが大きいと。
つい先日まで私もそう思ってました。
でも、これも違うなあと。
それも私のモノサシでの「いいね」なんです。
「これも僕のエゴでしょうけど」
っていう照喜名先生のつぶやき。
このあたりから来られているんでしょうね。
だから、私はこうしました。
「その時の自分の直観に従う。」
「いい」「わるい」は考えない。
考える姿勢も大事だけど、考えて答えが出るんだろうかと。
全て私の直観。
身体感覚です。
ちょっと痛みを感じてもらったほうがしっくりくるなら、そう言います。
まだ、そのタイミングじゃないなあと感じれば、痛みをとることに専念します。
「その時の自分」と「その時のお客さん」との相対的関係。
これにゆだねます。
人と人との関係なんです。
だから、何も「施術」の時だけじゃないですね。
日常生活すべてがそうですよね。
人とどう向き合う方なのか?
セラピストの方と初めてお会いする時。
私は、まず、そこを観ます。
ブログやメールの文章でもある程度伝わってきますね。
「こんなに高い治療実績!どこへ行っても治らなかった方、私のところへ。」
確かに、すごいですね。
でも、私とは共感できる部分が少ないように思います。
正直、ちょっと苦手(笑)
私が治したのではありません。
その方がご自分で治ったのです。
そのきっかけは作ったかもしれません。
けど、アシストはできても、ゴールはできないんです。
自己顕示欲の強い私。
8つ年下の照喜名先生を素直に尊敬する理由。
それは、私が出会った誰よりも謙虚で素直な方だから。
自分の弱さもよく分かっておられる。
だから、これでいいのか?と常に問い直されている。
それでへこんでおられることもありましたね(笑)
そういう姿勢にみなさんが共感されるのでしょうね。
この道を選ばれるまで。
つらい時期も経験されておられます。
でも、そう考えれば、全て今に必要なご経験ばかりですね。
全てが今につながっておられますね。
何かキーボードを叩きながら、目頭が熱くなってきました(笑)
つまり、問われているのは、お客さんではありません。
施術者である自分。
「その人とどう関わるか?」
ここを問われているように観じます。
昨晩、記事を拝見してから、ずっと頭の中にありました。
ええ、田植えをしながら(笑)
文章にして「棚卸し」することにより、スッキリできました。
おかげさまで、自分の方向性が明確になりました。
私にとっても、「今につながって」いますね。
ご縁に感謝。
では、今宵はこのあたりで。