ロミです。

 

9月も半分が終わろうとしていますね。

 

不登校真っただ中 だった中3のこの時期

 

行事が色々あってザワザワしました。

 

体育祭、合唱祭   

 

参加する、しない。またひとつ思い出の時から取り残された喪失感。失望感。

 

そして我が子へのやるせない気持ち。

 

卒業アルバムの個人写真の撮影の件で担任から連絡が来た際には

 

何とも 言えない気持ちでした。

 

「撮影日と予備の撮影日、来られますか?」

 

イヤイヤ  普段行けていないのに・・・・

 

 

無理言わないでよ 先生💦

 

行けない  場合の案もいくつか…

 

・指定業者さんのスタジオで撮影する

 

・二年生の時の進級写真を載せる

 

・家で撮影したものをデータで提出する

 

なるほど…ですがこれって

 

卒アルに掲載する前提ですよね💦

 

卒アルに個人写真を載せたくないという選択もありでしょうか?

 

恐る恐る  お尋ねしたところ前例はないとのことでした。

 

本人に確認してお返事させて頂きます。と、いうことになり

 

 

さて、

 

事実としてつたえなくては…気が重い。

 

 

母としての思いは  記念だし、行かなくなるまでは  学校での思い出があるわけだし   なんとかその気になってほしい。

 

卒アルの事  伝えたところ

 

本人は「辞めた学校に写真をのせるきはない。アルバムも要らない」

 

ガーーーーーーン!(◎_◎;)

 

写真を載せたくないという返答はある程度覚悟していました。

 

ですが、アルバムも要らないとは  想定外。

 

データを送るとか二年生の時の写真で対応してもらうとか  内緒でもできる事なので

 

私の中でも  どうしようかと葛藤しました。

 

ですが、本人の返答はあまりにも割り切っていて

 

なんの躊躇いもなくて…そうか  見たくないよね。

 

 

本人の意思を尊重するべきだよね。

 

 

 

なんとか諦めがついた時

 

2人の上の子の時は2人とも卒アル委員をしていて   クラス、学年の中心で楽しそうに活動し途中経過も話してくれたりしていたことも重ねて思い出し…辛くなりました。

 

でも、その時にも影で辛い思いをしていた同級生や親御さんもいたのかと  改めて知りました。

 

みんなが楽しく学校に通っているわけではなかったんだなぁ。

 

不登校の子どもは  いじめに遭ってしまった被害者   もしくは  サボり  ?  との偏見と同情の気持ちがありました。ごめんなさい。

 

 

当事者になって初めて  不登校は状態であって

 

この三文字だけが共通だけれど

 

それぞれに背景も  理由も  違うのだと。

 

思い知らされるのでした。

 

本人の意思を担任の先生に伝えさせて頂いたら、前例のない事とはいえ  理解をして頂くことが出来て

 

本人の意思を学校としても尊重してくださいました。

 

ここでも私は  自分の感情に蓋をして平気なふりをしました。

 

一番辛いのはお子さんだけど、お母さんも辛い時は辛い悲しいと、感情をしっかり味わう事が大切です。

 

それをしてこそ、次へのステップとなるのに…。

 

我慢、平気なふり、強がりな、生きづらさを抱え込む自分に

 

泣いていいよ。と、言ってあげたい。

 

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