自分と向き合うということが
大事ではあるけれど
何でもかんでも受け入れができるか・・・
というと、どうかな~。
試練
その言葉がよく浮かぶ。
お試しを受けてるみたい。
そんなぶらりんとした気分なとき
ふと思い出した、かつての上司の言葉
「忙しい」
心を亡くすと書きます。
新人さんには特に、心を忘れずに・・・
そういう言葉でした。
忙しい世界は、ある種の隠れミノになります。
忙しくて・・・
それを言い訳にして距離を置く
今想うと、自分に対してもそうだ。
親子の関係でもそうだったかも。
親のせいにするならば・・・
5才の頃にやっぱり意識は戻るけど
そういうころにお父さんの病気が始まって
通院生活と自営業でバタバタした
両親の印象が強くのこって。
両親ともに必死なのに
それを子供心にはわからなくて
甘えたいのに甘えられない自分
必死だけど、人並みに育てたい親の気持ち
それを前提に、みんなと同じことをさせてやりたい
そういう「子供を判断する親の目線」の基準
なんかすれ違ってるのよね。。。
「みんなと似てることしてるから親には怒られない」
そういうところのゴール。
それと
「ワタシの想いは、誰が汲み取ってくれるんやろう?」
優しく心の陰が読める人を妄想で浮かべてみたりしてたな。
母なんかは特に
「アンタは、なんか人とは違う」
「へそ曲がりなこと言って・・・」
とかく首を傾げられてきた。
父は視線で追うばかりで
あまり言葉をかけてくれる人でもなかったし。
親の前では、居心地悪いのに
そういう不快感を溜めてきたんだった。
だから、たまに友達の親子とかで
「甘えられていいなー」
そういう風景を見ると
急に居心地が悪くなって・・・
一時のモテ期があった時分でも
愛情ある接し方で向き合おうと
勇気いっぱいでぎこちなく接してくれてた人たちにも
いつも対応する仕方がわからなくて。。。
めちゃくちゃ避けてた。
むしろ、疎外感を感じてるほうが
実は心地いいんだった。
今も、もしかしたら
これは解消されてないかもしれない。
そう感じる。
めちゃくちゃ幸せになりたい
けれども
本音の自分は、ちょっと引いてる。
包まれることが
どうしてこんなに怖いんだろう?
包みたいとは想うのに・・・
***
「えぇねんで」
~自分と対話するノート~
読みながら
自分だけの時間を持ち
自分の感性と向き合える・・・
そういう仕上がりになっています。
読みながら
何を感じるか
何を想うか
深いところの涌き起りを感じてみてください。
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おうみ屋 服部ゆみか
