お読みいただきありがとうございます。
こゆびです。
突然ですが…
みなさーん更年期ですかー。
おもむろに何を言う…って感じですよね。
52才の私は真っ只中で治療中。
今思い返せば、ブログをお休みした2年前のあの時…間違いなく一番つらかった時でした。あの時は更年期障害だとはわかんなかったので記事にもしてませんが。
今ならわかる。
あの時のあのしんどさはホルモンの減少による抗えないものだったのだと。
どんなだったかと言いますとね、とにかくだるい。一にも二にもだるい。
朝目が覚めた時から疲れてる。起きられない。何もやる気がおきないんです。
頭痛とか他の不調もずっとあったけど、私の場合一番つらかったのは倦怠感でした。
それまで私、倦怠感なんて、「感」ていうくらいだから、病気っぽくないしそんなにツラいイメージ無かったんだけど、自分がなってみてわかりました。倦怠感舐めちゃいけないよ。
熱もないし、目に見えるところに何も不調はない。言葉で伝えられる辛さが無いのに、こんなにしんどいなんて…あたしゃ知らなかったよ。
横になりたい。縦になってるのがつらい。とにかくだるい。眠い。いつでもどこでも寝られる。特に朝起きるのがつらかった。目覚めた瞬間毎朝いつも思いました。
ああ…今が夜ならいいのに
まじで今から8時間眠れる
それでも這うようにして重い身体で出勤すれば仕事は出来まして、仕事中は不調はあまり感じないの。
だけど帰ってくるとまた動けないんです。
一度止まるともう動けなくなるから、帰宅後
くたびれた身体で家事をこなして全部終わらせるまで止まらないようにしてました。
そんで、家事が全部終わって風呂に入ったらもうだめ。電池切れで就寝。
本当は、遅く帰ってくる娘に夕飯温め直して出してあげたい気持ちはあるんですよ。
だけどそれが出来ないの。夜9時まで起きてられないんです。それどころかやることが無ければ夜7時台でも眠りについてました。
そんで朝までぐっすり(ていうかぐったり)。
朝はとにかく起きられなくて、この頃から朝ごはんを作ることを免除してもらいました。
みんな各自自分の朝ごはん作って食べようってなりまして。
これはすごくうれしかったですね。
ちょうど高校生も予備校生もいなかったからお弁当作りもなかったこともあったし。
自分の出勤に間に合えばいい時間ギリギリまで布団から出ない母でした。
それまで休みの日だって無駄に早起きして寝坊することなんかなかったのに、
この頃は仕事が休みの日なんか一日中部屋着でほぼ布団の中。だるいので動きたくないし、どこにも行きたくなかったんです。
こんな日々が半年ほど続いて、さすがにこれは異常事態だと気づいた私は婦人科に駆け込みました。
医師に、「だるくてつらいです。日常生活がまともにできません…」とうったえると、ホルモンの値を調べましょう、ということになったんですけど。
その検査結果を見た医師は、
「確かにホルモン値は低いけど、治療の対象になるほどじゃない。年齢の割にはまだ高いくらいだ。だから今回は様子見で。」って言うんです。
医者がそう言うなら、治療が出来ないんならもう少しの期間我慢するしかないのか…と、おとなしく家に帰りました。これが3年前の夏のことです。
考えましたよ。ホルモンの低下が原因じゃないならこれは何なの?
私は産後うつを罹患したことがあったので、
うつの再発なのか?とも思いましたし
別の病なのかもしれないと調べたりもしました。
でも、他の何にもあてはまらない。
様子見と言われた症状はひどくなるばかりでした。
最初の受診から半年後、再度婦人科へ行きました。そしてまたホルモン値を調べるため血液検査。
私の気持ちとしては
こんなにつらいんだから前回より値は低くなってるはず
今度こそ薬を処方してもらうぞー です。
それなのに医師は、
「確かに前回より低いですね。でも治療が必要かって言うと…それほどじゃない。」とか言いやがるんですよっ、あ失礼、言うんですよ。
私、思わず「え……じゃあどうしてこんなにつらいんですか…」って涙声で訴えた。
そんなつもりなかったのに涙声になっちゃった。涙は出てないけど。
お医者さんは全然嫌な感じの人じゃないですし、言い方が冷たいわけでもなかったのに。
わたし相当弱ってたんだと思う。
もう限界で、もう無理だったのに
「あなたまだ大丈夫 頑張れる」って言われた気がしちゃったんです。
もう無理なんです、わたしもう頑張れない。
そんな私の様子を見て、医師はやっと
「じゃあ、ホルモン補充療法やってみますか」と言ってくれました。
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