食がさらに細くなったという父のことが気になりながら、実家に行く時間が捻出できませんでした。
取材先も実家と真逆の方向ばかりでしたが、幸運なことに実家近くのネタがあったので、
帰りに(ちょうどお昼時間帯でした)寄ることができました。
と言っても滞在時間は40分。お昼休みの1時間も使っていないので業務中ではありません。
(業務中だったとしても寄りましたけど
)
母の言葉から、やつれた姿を想像していましたが見かけは血色も体格も姿勢も良かったです。
几帳面でまじめな父は、生活リズムを維持する努力を厳密にしているのです。
食欲が全く無いにもかかわらず「最大限頑張って食べている」努力はしんどいと思います。
でも母からすれば「それしか食べないのでは衰える一方」と思い口に出す・・・
そのことでぶつかることもあるそうです。
だるさがあっても気力を振り絞り、庭に出たり日向ぼっこしたり・・・
少し状態が良ければミニ畑にも行きます。母が誘うドライブにも極力応じます。
でもそれは父の最大限の努力。
会社員時代の大きな記念パーティーをはじめ、楽しみにしていた会合を立て続けに辞退したそうです。
そのことが父の体調の深刻さを最も想像させます。
「食べる努力、体を動かす努力はしているんだよ。あともう一つ、気力については・・・」
それは記録魔な父の膨大な日々の記録です。
ブログをやらない父は誰に見せるというわけではありませんが、
パソコンを手にした20年以上も前から鮮やかな写真とともに日々の記録をプリントアウトしているのです。
出来ることがすっかり限定されてしまった今の生活の中で、
「これが一番『生きている』という実感と気力につながるんだよ」と言いました。
わたしは父と共通する部分がたくさんあるので、それはよくわかります。
先日中国から来日したISさん夫婦の少し前に、もう一組の中国人T夫妻が両親を訪ねました。
Tさんは医師なので、抗がん剤治療を辞退した父に、漢方薬での治療を勧めています。
そして諦めていない父。
延命医療については、人それぞれいろんな考えがあると思います。
健康な時は多くの人が「もっと自然に任せたい」」と言います。
でも命の火がしっかり灯っていて、その火を少しでも長く灯そうと手を尽くすのは自然な感情です。
自分にあてはめて想像した時、それは「自分が生きたい」といった自我の問題ではなく、


