7年前の中越地震では震度6弱の揺れをはじめ、何日も続く余震を経験しました。
初めの揺れでは、完全に死も意識しました。
しかし家屋被害も無く、ライフラインも無事だったわたしたちは、
被災地にいながら被災者でないという中途半端な立場でした。
それでも、大規模な地震を経験した立場から、思い出すことを書きたいと思います。
いったん死から逃がれることはできても、そのあとは長期戦になります。
余震がひどかったため、家屋の被害は受けなくても、自宅が壊れる不安を持つ人、
ライフラインの途絶えた人々は、避難所に寝泊まりしていました。
うちの子供が通っていた小学校も、避難所になりました。
避難所での生活は、やはり想像以上のストレスを強いられるようです。
帰る家のある人は、避難所で寝泊まりをするよりは、不安でも自宅へ戻ることを選び始めました。
また、付近の避難所ではありませんが、車で寝泊まりする人が増えていきました。
その結果、狭い空間で血栓症を起こす「エコノミー症候群」で命を落とす人もでてきました。
地震発生時からしばらくの間は、もちろん安全に過ごせる空間、水や食料、毛布が最も必要になります。
でも時の経過とともに、必要なものが変わってきます。
その後、救援物資が集まり過ぎて、倉庫も満杯で置く場所がなくなった・・・という話も聞きました。
また、マスコミ報道は、ひとつの町や村の被害に焦点をあてて取り上げるため、
ある村は手厚い援助を受けるのに、ある村では足りていないという不公平も起きてしまったようです。
地震発生の直後には、夫に頼まれ、大量のおにぎりを作ったりはしましたが、
わたしが出来たことはほとんどありませんでした。
子供たちが長期の休校で家にいたこともあり、普段どおりの生活をするので精一杯でした。
家から出られない子供たちのストレスもかなりのものだったので、
隣人と行き来しあって気を紛らわせました。自宅に居てさえも、こうなのです。
今思うと、わたしは現地に住んでいたのですから、もっと何かができたのではという思いが残ります。
余震もだいぶおさまってくると、著名人が続々と来て、
傷ついた人々を元気づけるためのイベントがたくさんおこなわれました。
町じゅうに「がんばろう」の垂れ幕が掛かり、きれいなイルミネーションが飾られました。
政府の対応や復興の体制に対する批判めいたニュースも流れましたし、
心温まるニュースも流れました。
このような災害では復興が長期戦になることを考えると、
募金をすることが大きな助けになると思います。
今もっとも言われている節電もそうだと思います。
自分ができることに悩み、もどかしく思ったら、
募金や節電をするのがいいんじゃないかと思います。
あと、何人かの方のブログで、ふだんどおり元気でいることも一つ!
との考えをお見かけしました。
賛成だな~と思いました。