序章 桜の下で~序幕~


母との最後の三か月は、あまりにも壮絶だった。

それまで何十年も積み重ねてきた母との思い出すべてに、その三か月が上書きされてしまうほどに。

笑ったことも、怒られたことも、旅行したことも、何もかも。

全部その記憶の向こう側に隠れてしまった。

母が最後に家を出た日のことを、私はたぶん死ぬまで忘れない。

あの日、母は「救急車、呼んで」と言った。

けれど私と姉は、救急車ではなく、私の車で近くの病院へ連れて行くことを選んだ。

それが正しかったのかどうか、今でもわからない。

ただ、あの瞬間から母の運命は大きく動き始めた気がしている。

だからなのか、母が亡くなった日よりも、あの日の記憶のほうがずっと鮮明に残っている。

それでも、書こうと思った。

ずっと迷っていたけれど。

こんなことを書いていいのか。

母は許してくれるだろうか。

あまりにも残酷で、あまりにも辛かった闘病の日々。

それでも、その中に。

ほんの少しでも。

母にとって幸せだった瞬間は、あったのだろうか。

私は今も、その答えを探している。




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