ホントはVMCセミナーの方が先なのですが、、、
私がぼぉーーーっとしてる間に
他の出席者の方たちがかなり丁寧にまとめてくださっていたので
私はVMCセミナーで学んだ内容も交えながら
バベンコ氏来日講演のリポートをまとめてみようと思います。
上手くまとまるかしら、、、? 
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10月15日(日)
『自分と子どもを放射能から守るには』の原本の著者である
ミンスク べルラド放射能安全研究所
ウラジーミル・バベンコ氏と
翻訳者:辰巳雅子氏の来日講演の際のリポートです。
会場は200人定員のところ満員
ネットでのライブ配信を目的としたテレビカメラも設置されていました。
定時になりバベンコ氏・辰巳雅子氏・出版社代表者・通訳の方4人で登場。
なぜか拍手も無く、、、ちょっと緊張と怖い雰囲気。
普通は拍手でお迎えするものと思いますが
日本人のシャイな部分が悪い形で出ちゃいましたね、、、、って
私もですが、![]()
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出版社の方から出版に至る経緯説明
バベンコ氏は
「情報不足ゆえの悲劇をこれ以上繰り返してはならない」
「なんとか研究所の知識を日本の人々へ伝えてほしい」と
本書の原書をベラルーシ在住の辰巳雅子氏に託してくださいました。
辰巳雅子氏は日本語に訳したものを
『ベラルーシの部屋ブログ』で紹介されそのメッセージを
発見した出版社により日本でも活用しやすく
編集されたとのことでした。
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バベンコ氏を司会者の方があらためて紹介~
ここでやっと会場内に拍手。(遅っ
)
べルラド放射能安全研究所の創立のいきさつ
べルラド放射能安全研究所は
1990年に元々原子力エネルギー研究所の所長をしていらっしゃった
故・ワシーリイ・ネステレンコ教授によって
「放射能から人々を守ること」を目的とした民間の研究所です。
ネステレンコ氏が事故処理の作業に参加したことによって
国の対応では住民のケアが充分に出来ないことを痛感し
国営ではなく民間の研究所の設立となりました。
ただ、1986年にチェルノブイリ事故が起こった4年後に
やっと設立に至ったのは 設立の場所や人材を集めることよりも
官僚主義との戦いにが最も困難を極めたからだそうです。
ネステレンコ氏が事故後の対策に当たられて感じられたことは
『人類はまだ原子力エネルギーを
使いこなすほど成熟していない』 ![]()
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ゆみまる。考察
この言葉は効率の良いエネルギーだからといって
人間が自由に操ることができないものに着手してしまったことへの
警告なのですが、そのような言葉を知っているのか知らないのか
日本政府は今もなお原子力発電所の増設を
目論んでいるように見えます。
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べルラド研究所設立後最初に手掛けたこと
まず地方に住み農業林業を営む多くの住民のために
放射能汚染のモニタリングの活動を始めました。
国からの情報が全くなく線量計さえも足りない中
食品の測定・きのこ・ベリー・人体測定は困難を極めました。
ただこの時点で正確に食品の測定をする線量計はなく
国が提供する数少ない線量計は15bq(ベクレル)以下しか
示さないといわれるいい加減なものでした。
現在のWBC(ホールボディカウンタ)による人体測定器も無く
どうすれば良いのか、住民の疑問に答えを出すことも困難で
住民に対して正確に回答できない状態でした。
線量計の製造
国が提供するものでは正確な値がモニタリング出来ない
ということでまず線量計から作る必要があった。
測定員・測定の専門家の養成
線量計の数が足りるようになと測定員や
住民の質問に答えたり不安にたいしてアドバイスができる
人材を養成。
汚染地域における地域センターの設立
人材の養成ができると地域センター
(地域住民は食材を持ち込むと線量を測ってくれる場所。)
を各地に設立し そこで得られたデーターを全て
べラルド研究所に収集し分析を行うことが出来ました。
1993年には370ヶ所の地域センターが設立されたものの
1996年15ヶ所になり現在は国が運営する地域センターは
殆ど残っていません。
なぜ
地域センターにより25万件の結果が得られましたが
測定結果が集まれば集まるほど食品が汚染されていることが分かり
政府は正確な数値が出ることを恐れ地域センターを縮小化して
行きました。
決して汚染の量が縮小してきたからではなく
チェルノブイリの事故から25年経った今でも
調理の方法など気を抜くと被曝量が上がってしまうといぅ
現実の中でベラルーシの方たちは暮らしています。
政府の言い分はこうです。
『情報がなければ問題もない。』
だから人々が知ることが
ないようにそのようなセンターは閉鎖しようとxxx![]()
国の機関が一番の敵なのです。
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ゆみまる。考察
チェルノブイリは人類で最初の原子力発電所の事故であったため
過去のデーターもなければ対策方法やそれに対しての
効果も実績も全く無い真っ白な状態だったわけですね、、、
しかも事故後4年経ってもこのような状態であるということは
そのブランクの4年の間にどれだけ多くの人たちを
危険な中で放置していたのかと恐ろしくなります。
幸い、、、と言ってはチェルノブイリの方に申し訳ないですが
日本はチェルノブイリでの経験をそのまま生かして
すぐに対策をとることが可能であるといぅことです。
ただ、政府任せではチェルノブイリと同様に放置状態になることは
この半年間の政府の対応からも容易に推測が出来るはずです。
日本政府もまた
『情報がなければ問題もない。』
と考えている様子があからさまに伺えます。
国に頼らず民間で地域センターの設立を早急に進める
必要があるということを私は強く感じています。
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ベラルーシの経験を日本の皆さんへ。。。 と
来日してくださった
バベンコ氏の講演リポートはまだまだ続きます。。。
出来るだけ、はやくまとめなくちゃですね、、、汗
