前回から、人はあなたの期待を満たすために生きているのではない

こういう話をしてると、こんなご意見が来ることがあります。

『「ありがとう」は大事なんだ、言わなくていいなんて間違ってる!「ありがとう」は言うべきだ!』

僕も「ありがとう」は大事だと思いますよ。


僕が話してるのは、こういうことです。

「ありがとう」は自分が言う事であって、人に言わせるものじゃない



じゃあ今度は、「自分が人に親切にされたり、何かしてもらったときの立ち位置」での話をします。

自分も「ありがとう」は言っても言わなくても自由なんだけど、僕は言った方がいい選択だと考えています。自分も相手も幸せな選択だと思います。

「ありがとう」と言うのが道徳的に正しいとか、良いとか、そういう考えではないです。

良いとか悪いとかじゃなくて、原因と結果で考える。

正しい、良いとかの価値観だと、それをする義務感があったり、他人にもそうさせたくなってしまいやすい。

あくまで、自分がそういう選択した方が、望む結果を得られやすい、幸せに繋がってるから、自分は選んでるだけ。

この辺の話はまた今度詳しく書きたいです。



話を戻します。


前回リンク先記事より

■1:「やってもらって当然」という態度にイラッとした!
「父親がお礼の言えない人。何をしても当たり前のようにしている」



やってもらって当然だと考えてると「ありがとう」という言葉はでないでしょうね。


誰かに質問する場合も、人は自由なんだって価値観があると、こう考えられます。

「答えてくれるかどうかは相手の自由なんだ」

答えても答えなくてもいい、相手の自由なんだ。

答えてくれるのが当然じゃないんです。


それなのに、答えてくれたら、とってもうれしいわけです。
相手は「自分のために時間や手間、知識を使ってくれて、答えてくれた」と考えたら、ありがたいなぁという気持ちに、僕はなります。

その気持ちを言葉で伝える「ありがとう」。思ってるだけじゃなくて伝えるという選択が大事。


自然とうれしい気持ちで、本音で「ありがとう」って言えると気持ちがいいですよね。

そのためにも、「人は自由なんだ」という価値観が大事かと思います。


アドラー心理学「他者はあなたの期待を満たすために生きているのではない」

という前提もあると、自分の期待に答えてくれたら、すごくありがたいなぁと思えるんじゃないでしょうか。


リンク先の記事にもありますが、「ありがとう」がなかっただけで、もう二度とやってあげないって思う人もいますからね。言わないと自分が損してしまう、相手もイラッとして損することがある。どちらも幸せじゃない結果を受け取ることになりますよね。


受けた恩を忘れる人には、恩知らずという評判が立つだけではなく、さらに大きな害をひきおこす。
その人の恩知らずな振る舞いは、善を志している人たちに、新たな善行をちゅうちょさせてしまう。
プルターク



自分が困ったときに助けてもらって「ありがとう」を言わない、感謝しない。

それを続けてたら、助けてくれる人はいなくなってしまう可能性もあるでしょう。

自分の考え方や価値観、選択によって、自分の世界が創られている。



感謝できる人々に、世界は別の顔を見せる。

ライナー・シュミット




感謝することを学んでない人は、自分が所有することも、他者に与えることも学んでいない。

クラウス・ヘメルレ



わずかなことに感謝しない人は、多くを受けても感謝しないだろう。

エストランドの言い伝え



「ありがとう」と言うことは、心を高める。

ヴァルター・ラテナウ




感謝とは、へりくだることではなく、状況を見分ける聡明な理性があるしるし。

そして、愛を実践する善い心のしるし。

感謝できない人は、愛することもできないのだから。

イェレミアス・ゴットヘルフ



感謝の念とは、どんなことにも当たり前のことは何もないということの告白。

ヴィルヘルム・ミュース




わたしたちが悠々と歩きながら、人間の忘恩について嘆くなら、だれがそれに同調してくれるだろうか?忘恩は人間の本性なのか、それとも、わたしたちが人間の本性について無知なのだろうか?

感謝は期待しないことにしよう。たまたま感謝の念を持っている人に出くわしたとき、それは、わたしたちにとってすばらしい驚きとなるだろう。

感謝は、わたしたちが自ら育まねばならない特性であることを忘れないようにしよう。

デール・カーネギー








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