「反魂香」の見解、今回は最終回。
お龍が東京に頼ったのは西郷隆盛でした。
しかし、出会えはしたものの殆どすれ違いで西郷は薩摩に帰り、西南戦争で死んでしまうわけです。
お龍からみれば、自分の事を認めてくれる人がどんどん死んでいく。船で世界中を回る夢も無くなって・・・夢に届かずズルズルと堕ちて行く途中で何とか踏みとどまろうとするが、すがる相手も死んでゆく。だから精神的には辛かったでしょうね。しかも関わりがあった相手は日本を動かすほどの大物ばかり。
中には普通の人が心配してくれたでしょうに、それにすがることが出来る意識にまで自分を持ってゆくことが出来なかった。
生きてゆく為に自分を犠牲にしたり相手に合わせてゆく器用さが無かったひとなのでしょうね。
お龍は横須賀に住み、西村松平こと西村松兵衛という人と再婚したと言われています。どうも松兵衛は売れない呉服の行商人だったらしい。再婚したにも関わらず晩年に酒びたりになって龍馬の事を口走って死んでいったお龍を支えてくれていた人。
商売も不得手でうだつが上がらず、しかし龍馬を尊敬しその妻だったお龍と関係を持ち、恐らくは結婚した方がお龍も遠慮が無いだろうということなのでしょうか。松兵衛自身は龍馬の様な器もなく商売も厳しく、しかし影から遠慮気味にお龍を愛していたのだと思います。墓だってお龍の墓には松兵衛ではなく阪本龍馬(坂本龍馬)の妻と彫ってあり、同じ墓地なのに松兵衛とは離れた所にある。
龍馬には尊敬する半面、劣等感を抱きながらも、心の優しい人だったように思います。
夢を求め、それにすがるか、平凡に生きるか・・・。
例えば、NHKの「ゲゲゲの女房」に出てくる水木しげるさん。
時代の流れにヨレヨレ必死で付いて行きながらも極貧に耐えて、しかし夢を捨てずに頑張った人ですよね。
余談ですが島根県で講演会などを見に行った時、島根弁で「・・・・・・だらずが??????だらずが・・・」と何を言っておられたかさっぱりわかりませんでしたが・・・。周りの人は水木さんの話に大笑いでしたが私だけ笑いから取り残されて、「今の何て言ったのですか?」と隣の人に通訳してもらいながら聞きました。水木さんは壮絶な人生を歩んだ人ですね。
しかし、夢を追わずに朝から晩までアルバイトをすると極貧で生きることは無かったでしょう。(水木さんの場合、片腕ではそれも厳しかったかもしれませんが・・・)
要するに、夢を捨てて一日15時間アルバイトをすれば30万程にはなるということです。私が若い時は夢の為に副業(笑)で始めたサラリーマンでしたが、副業が忙し過ぎて夢が消えた。残業だけで200時間を超える月が年間6,7カ月あったから夢を維持出来なかった(汗)。
今の不況では羨ましい仕事量かもしれませんが、当時も結構就職難の時代でした。
(200時間の残業なんて凄くも美徳でもない。決められた時間に最高の成果を出すのが一番良いです)
どちらが幸せなのでしょうかねぇ・・・。
夢を追って生きてゆくのは楽しいし魅力的だし生きている気もします。一方夢を追わずに平々凡々と生きることはつまらないことでしょうか。私は若いときは「つまらない」と思っていました。
しかし、平凡に生きて平凡な家庭を持ち子供を持って平凡ありきたりな苦労をして生きることの何と難しいことか・・・。
平凡平穏で家族で助け合いながら幸せに生きること。これが一番幸せな人生だろうなと今頃になって思います。
夢を重視して人生を終わったであろう楢崎龍さん。悔いは残るも結婚して子供を生み家族を持って生きていった平井加尾さん。結婚も出来ず、かといって再婚もせずに一人で龍馬を心に抱きながら生涯を終えた千葉さな子さん。
あなたは誰の人生に気持ちが動くでしょうか。
ところで、龍馬を殺した犯人は誰だったのでしょうか。殺したと言っても「こなくそ」と言って龍馬を斬った暗殺犯ではなくて後ろの黒幕のことです。
「反魂香」にはこんな話が載っています。
龍馬、中岡が川原町(近江屋)で殺されたと聞き、西郷は怒髪天を衝くの形相凄まじく、後藤(後藤象二郎)を捕えて、
「おい後藤!貴様が苦情を言わずに土佐屋敷へ(龍馬を)入れておいたら、こんな事にはならないのだ、・・・一体全体土佐のやつ等は薄情でいかん!」
と、怒鳴りつけられた後藤は苦い顔をし、
「いや、苦情を言ったわけではない。実はそこに・・その・・色々・・」
「何が色々だ。面白くも無い。どうなのだ、貴様も片腕を無くして落胆しただろう。土佐薩摩を尋ねても他にあの位の人物は無いわ・・・ええい惜しいことをした」
と流石の西郷も口惜し泣きに泣いたそうです。
どうして後藤象二郎にこれだけ怒ったのでしょうか。後藤はどうして龍馬を片腕にしなかったのでしょうか。
私は後藤こそ・・・と思っては居ますが確信がありません。生きていたら片腕が逆になっていたと思います。
NHKの「龍馬伝」では既に後藤と龍馬との確執が始まっていますね。この辺りをどういう風に脚本されるのかはとても楽しみです。(^^)
反魂香は明治32年に書かれたもので、勝海舟が亡くなった年です。楢崎龍(お龍)はこの当時58歳で65歳に亡くなります。
龍馬が死んで32年後。
2011年の今で言えば昭和64年です。
みなさんは、この年の事をどれだけ覚えていますか?「ア~~ウ~~」の大平内閣が誕生して、竹内まりあさんが「セプテンバー」を、久保田早紀さんが「異邦人」を歌って円ひろしさんが「とんでとんでとんで~・・・」と唄っていた頃、吉川ひなのさんや押切もえさんや元ちとせさんが生まれたわけで(笑)、そんな時代で、例えば翌年に山口百恵さんが引退するわけですが、その頃の事をどれだけ覚えているでしょうか。しかしその時代の事を知っている人は沢山生きていました。だから小説ならば兎も角、全くの嘘でたらめは書けなかったはずです。
反魂香 の話はこれで終わります。
この結構過激な記事を皆さんはどうおもわれたでしょうか。私は・・・半分くらいは信じています。

