「チェルビ」第六話 恋愛連載小説
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※「チェルビ」は、わたしが作った”語感”が気に入ってるだけの言葉です。意味は、今後の展開の中でわかるかもしれません。
※感想をコメントしづらい方。「読んだよ」の一言だけでもいただけると、嬉しいし励みになります♪
一瞬で、僕が勝手に抱いていた常識は、過去の物になってしまった。
その意味を理解しはじめたとき、僕の視界に彼女の照れた笑顔が映りだした。
赤い髪に触れたままだった僕の手が、静かに離れていく。
魔法をかけられた時間が、正常に戻ろうとしていた。
心地よい気まずさを覚えながら、二人は自然な距離に落ち着いた。
「名前も知らない人と、キスしたのなんて初めて」
白いマグカップを両手で抱えて、彼女はぬるくなったコーヒーを静かに見ている。
「イクオ。早川イクオ。オレの名前」
思い出したように、僕は自分の名前を彼女に伝えた。
「ユイです。佐々木ユイ。わたしの名前」
遅すぎる自己紹介を済ませてからも、少しだけ不自然な空気は残っていた。
気持ちと心が、未経験な状況に追い付かない。
反射的にタバコを吸いたくなったが、さっきの禁煙の約束を思い出した。
自分では止めることのできない想いが、急速に大きくなっていく。
僕の中で、あらゆる考えにユイのことが、外せなくなってきていた。
事実、僕はこの日からタバコをやめた。
初めてのナンパ。
突然の禁煙。
ユイの不思議な魅力にあっさり取り込まれた自分。
何度も思い出そうとしてしまう、唇の感触。
現実味が異常に薄い出来事に、頭の中は身動きがとれないものでいっぱいになってきていた。
「後悔してる?」
よっぽど思い悩んだ顔をしていたのだろう。
ユイは、申し訳なさそうに聞いてきた。
「ごめん・・・。全然、後悔してないよ。そっちこそ、大丈夫?」
「うん。大丈夫。ありがと」
僕は、ガラステーブルの上にあった残りのコーヒーを、一気に飲み干した。
そうすることで、芽生えかけた勇気に勢いをつけることができると思った。
空になったマグカップをテーブルの上に置いた。
「ユイ・・・さん」
「はい」
「なんか、イロイロ順番がおかしくなってるんですけど・・・」
「はい」
僕は自分の肺に限界まで空気を押し込んで、ユイに向かい合った。
静かに息を吐きながら、心臓を落ち着かせようとした。
無駄な努力は承知の上だった。
心臓の音の強さが、暴れる気持ちに上乗せされてくる。
頭の中は、大変なことになっている。
気の利いた言葉が見当たらないくせに、強制的に口を開いた。
「好きです」
言ってしまった。
絶対に、不自然な流れ。
体はユイを向いているのに、目の前の好きな人をまともに見られない。
心臓の音は、一向に速度を緩めない。
不意に、目の前が明るくなった。
幾度となく見た幼い笑顔が、僕を救ってくれた。
「ありがと。わたしも大好き!」
待ってくれていた。
ユイは、僕の気持ちが言葉になるまで待ってくれていたのだ。
その優しさを感じた瞬間、僕の中で何かが軽くなっていくのを感じた。
そして、禁煙以外に、自分の中でもう一つ約束を追加した。
絶対にユイを大切にする。
ありきたりだけど、これがこの時の本当の気持ちだった。
一目惚れ。運命の出会い。神様の仕業。
不自然すぎる二人のはじまりは、無理やり嘘くさい言葉を当てはめて、辻褄を合わせた感じだった。