父とも5〜6年ぶりに
一緒に暮らせるようになったりと、
環境が変わったせいか、
徐々に、荒れていた素行は落ち着いてきた。
父が帰ってきたとき、
久しぶりに母の笑顔を見た気がした。
普通に高校へは行かない選択をしたものの、
翌年から定時制高校に行こうかと考えていた。
バイトしたり、
彼氏の家に入り浸ったり(笑)
そんな毎日を過ごしていたある日、
母が新聞記事を持ってきて、
「こんなの受けてみらんね?」
と言ってきた。
大検。
※大学入学資格検定の略。調べてみると今は、高卒認定試験と変わってるみたいです。
高校に行かなくても、
高校卒業と同等の資格を得られるというもの。
そのための予備校みたいなものもあるという。
よく分からないけど、
行ってみることにした。
それから約1年、
そこの予備校に通った。
年齢はさまざま。
いろんな事情で高校に行かなかった人や
中退した人たちが通っていた。
そして1年後に迎えた大検受験、
確か10数科目あったのだけど、
そのときはちょっとがんばって、
全部一気に合格することができた。
そのあとの進路は、
母の勧めで、医療秘書の専門学校に行くことに。
「あんたは接客とか無理。事務がいい。
医療系が安定していいよ。」
という理由から。
そうやって私は
自分が何をやりたいかも分からず、
母の勧めるままの選択に従った。
通常高校を卒業してから行く専門学校。
高校2年生の年で、
高校卒業と同等の資格が得られたので、
問い合わせてみると、
高校3年生の年からの入学を
受け入れてくれることに。
入学までの約半年は、
「事務をするなら簿記を持っておいたほうがいい」
と、また母の勧めるままに
簿記の専門学校に通うことに。
夜間の学校で周りは社会人のおっちゃんおばちゃんばかり。
そして結果を出すと、
母はさらに上を求めてくる。
簿記2級に合格したら、
「じゃあ次は1級をとりなさい」と。
父は、
「別に税理士とか会計士を目指すわけじゃないけん、そこまではいらんやろう」
と言うけど、
母はどんどん上を目指させようとする。
どれだけ母は教育熱心で、
どれだけそれに従ってきたのかと思う。笑
大人になって振り返ったとき、
幼い頃からいつも母が敷いたレールの上を
走らされていたように感じたりもした。
いつも
「ああしなさい、こうしなさい」
「あんたはこんなことはムリ」
「そんなことできるはずがない」
なんて言われてばかりで、
自分が何をしたいのかが分からずにいた。
もしそうじゃなければ、
私はどんな道を選んでいたのだろう?
もっとやりたいことが見つかっていたのかな?
なんて思った時期もあった。
でも、私のことを
諦めないでいてくれたからこそ、
道が拓けてきたのも事実なのだ。
そして、もっと言えば、
こんな両親も環境も人生も
すべて自分が望んで生まれてきたのだし、
私を生きるために必要なことだったのだと
今ならよく分かります。
そのあたりはまた別に、
いつか綴ってみたいと思います
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そんな感じで過ごしつつ、
医療秘書の専門学校の入学を迎えることに。
初めて女子校という世界へ・・・
続く
※この頃の写真が見当たらないので(笑)
食と心の発酵教室 りんからん

