私、自分自身を表現するのが
あまり得意ではなくて



本当はもっと自分のことを
ブログにもアウトプットしたいのに、
なかなかできずにいました。
なんでアウトプットしたいのか?
自分がどんな人生を歩んできて、何を感じてきて、どう今に繋がっているのか。
それをクリアにしたいだけ。
そうすることで、
自分自身がよりクリアになるし、
周りの方々にも自分がどんな人間なのか
知ってもらうことにもなり、
自分の経験が誰かの役に立つことが
きっとあることも分かっている。
もちろんそれは誰にでも言えることで、
苦い思い出も失敗も喜びも悲しみも、
波乱万丈な人生もその人の経験がすべて、
自身の学びであり、誰かの学びにもなるんだよね。
でも、なかなかできなかった。
怖かったんです
やっぱり自分のことをさらけ出すって、
勇気がいる。
誰にどう思われるかって怖いし
でもね、もう決めた。
私、このままじゃ死ねないし(笑)
いや、まだ死ぬつもりはないけど
余命3ヶ月ってなったときに、
何をやりたいか?と問われたとき、
私はやっぱり私の感じてきたことや、
思いを残したいと思った。
それがやっぱり私の魂が望んでいることなんだろうな〜
だから、怖いけどやってみます(笑)
全面自己開示していきます!!
人生の転機になった
20代の頃からのことを
書きたいなとは前から思ってたけど、
その20代に至るまでの生い立ちも
書かないと分かりにくいなと思ったので
幼少期からさかのぼって書いてみます。
興味をもってくださる方に
お付き合いいただけたら嬉しいです
1978年10月 福岡市生まれ。
双子の妹として生まれ、
4歳上の兄と3人兄妹でした。
幼い頃は、
よく家族で旅行に連れて行ってくれたり、
あちこちごはん食べに連れて行ってくれた
楽しい記憶があるのだけど、
小学校に入ってからはあまりなくて。
私にとって両親は、一言で言えば、
母はああしなさい、こうしなさい、
とコントロールする感じで、
父は温厚でわりと尊重してくれる人でした。
とにかくいい子ちゃんでしたー。
いつも相手の期待を読み取って、
行動してた気がする。
勉強はわりとできた方なので、
勉強すれば褒められて認められることも
分かっていた。
そして成績の良い私に
母は自慢げだったし、
「あんたに一番期待しとうけんね」
とよく言われていた。
小学生の頃から、
「老後はあんたに見てもらう」
みたいなこと言われてたっけ。
二世帯住宅を建てるとか(笑)
ずっと母の期待を
背負ってきたのかもしれない。
母は未来への不安が強かったんだな。その不安を期待でかき消そうとしていたのかなと今となっては思います。
小学校3年生〜中学生の一番多感な時期に、
父とは訳あって別で暮らしていたので、
余計に母の重圧ばかりがのしかかってきた。
すごく厳しくて、
門限を少しでも過ぎたら
家に入れてもらえないこともよくあったっけ。
公文の宿題をやっていないのが
見つかったときに、猛烈に怒られて、
モノサシで叩かれたときの恐怖は、
今でも鮮明に覚えている。
とにかく自由になりたかった。
この抑圧から逃れたかったんだ。
それが中学になって爆発する・・・
続く。
何歳の頃か覚えてないけど、家族で熊本の水前寺公園に遊びに行ったときの写真が出てきたので…幼き頃の双子姉妹^^(右が私)
食と心の発酵教室 りんからん

