慢性倦怠のおばあちゃん(前半) | kyupinの日記 気が向けば更新

慢性倦怠のおばあちゃん(前半)

「慢性倦怠感がうちの病院で良くなる」と聞いて来た、という患者さんがいた。誰かに聞いたのだろうが、そのようなことを言われたことは初めてだった。うちの病院はこのブログとの関連が皆無なので、そういうことは口伝てでないとわからない。僕は患者さんからそういう風に言われると、ちょっとプレッシャーを感じてしまう。

「まさか、この人に限って良くならないのではないだろうな・・」とか。

もう病歴も長く、15年以上良くなっていない人なのである。年齢以上に若く見える女性で、おばあちゃんというには怒られそうな感じ。精神以外は身体に異常がないので、介護保険だと非該当になるような人である。

その日、今までにこんな風に慢性倦怠を主訴で来院した人で、良くならなかった人が1名もいないことに気がついた(参考)。不思議なことに、過去に憶えている限り失敗が1回もないのである。僕は、良くはワカランけどいろいろやっているとなんとかなるだろう、くらいに思った。このような人は難しく考えると難しくなるからである。(←意味不明)

少なくとも病歴も長いこともあり簡単にいきそうになかった。いつだったか、スターオブベツレヘムで良くなった年配の女性患者さんを紹介したことがあるが、あの人と初診時の感じは似ていた。あの人も最初の数ヶ月は全然良くならなかったのである。(参考

あと、こういう人たちは確かに「慢性倦怠感」は訴えているけど、いわゆるコアな「慢性疲労症候群」と言う感じではないよね。いろいろな症状があってその1つに「慢性疲労」とか「倦怠感」があるというだけ。それは、本人は切実なものではあるんだけど。

もう1つ、このような患者さんは必ずこういう風にするとかは決めていない。僕はあるがままの症状を自分で考えて治療していくと言う感じなので、つまりは対症療法なのである。

前医の処方
ルジオミール 20mg
アキネトン  2mg
ドグマチール 200mg
メチコバール  1000μ
ウブレチド   5mg
他、下剤


この処方は、量的にはたいしたことはないが、年齢にしてはドグマチールが多すぎると思った。症状を診ると、このドグマチールは直感的には凶である。この人は食欲がないが、そんな人にすべからくドグマチールを処方するのは間違っている。(参考

ルジオミールは選択肢はそう悪くはないと思うけど、今の症状に合っているかどうか微妙だし、中途半端な量だと思った。効くならもう少し増やすべきだし、副作用でこの量しか使えないなら他に変更すべきだ。いったん多めに使って減量してきたのならわかるが、現実には入院しなければならないほど病状が思わしくないのである。

この患者さんは発病後、既に16年経過していた。今は体力が落ちているのでそう見えないが、ちょっと話した範囲では、おそらく芯が強く「ウェールズ生まれ」の性格である。若い頃は社交的でハキハキした感じであっただろう。

彼女はもう10年以上、聴覚過敏、心気妄想、それも奇妙な妄想的解釈がみられた。例えば、隣の家には家族以外の人がこっそり住んでいて自分が冷蔵庫を開けるたびに音を立てたり、自分の冷蔵庫を熱くさせると言っていたらしい。

このような幻覚妄想は、高齢者では時々診られるものである。この所見は統合失調症的ではなく、むしろ老年期うつ病から来るものだと僕は思う。本人が特に困っていることは、意欲がない、全身倦怠感、ソワソワ感であった。家族には「出来る範囲でやってみましょう」くらいに伝えた。こういう人に「今までに失敗がないし、すっかり良くなるでしょう・・」などと言うと縁起が悪すぎる。

もう懲りているのである。滅多にそんなことは言わないのに、一度だけ「うちの病院は治療成績が良いし、任せておいて下さい」なんて言ったら、なんと過去ログのこの人だった。あれには参った。まさにマーフィーの法則だと思った。彼は大学の後輩だったし、本人も家族も絶望していたので、少し元気付けようと思ったのがあのザマなのである。

今回の彼女は、ひょっとしたらすごく時間がかかりそうな感じもあった。彼女は入院するつもりで来ていたし、その日に入院してもらった。

当初、アカシジア様症状があるように思われるので、ドグマチールを減量することにした。そこで、エビリファイを加えてドグマチールの離脱を緩和する。エビリファイはアカシジアが出かねない薬物だが、少量だと他の薬物の減量をごまかす様なかかわり方をすることと、うつ状態にもいくらかはプラスになるかもしれないのを考慮している。このような人にはわりあい失敗率が高いのがミソである。(←謎)

最初の処方
エビリファイ 3mg↑
ルジオミール 30mg↑
アキネトン  1mg↓
メチコバール 1500μ
ウブレチド  5mg
チラージンS  50μ↑
ドグマチール 100mg↓


チラージンSは甲状腺剤(T4)だが、このおばあちゃんの場合、やや甲状腺機能が低めだったので追加した。精神科では甲状腺が正常域でも難治性うつ状態では甲状腺剤を併用することがある。

本当に甲状腺機能が下がっている場合は「橋本病」と言われる疾患も考慮されるが、橋本病のうつ状態は、もちろん症状性である(参考)。僕は精神科医が甲状腺機能検査を怠り、橋本病に漫然と抗うつ剤治療をしているケースが相当にあるのではないかと睨んでいる。どちらにせよ、女性に対しチラージンSなどの甲状腺剤はしばしば使われている。

甲状腺剤だが、実は精神科ではチロナミン(T3)を使うことになっているのだが、これはおそらくT3の方が甲状腺機能に対する活性が高いからであろう。チラージンSのT4は代謝されてT3に変化するのでそれで良いといえばそうなのであるが、活性型に果たしてなるのか保証がないし、たぶん普通はチラージンSではなくチロナミンなのである。(正式にはうつ状態にチロナミンもチラージンSも適応はない)

アメリカでは病型によりチロナミンとチラージンSが使い分けられているようであるが、日本ではたいていチラージンSが選択されている。チラージンSはチロナミンに比べいくつか良い点がある。チラージンSはチロナミンに比べ半減期が長い。チロナミンは活性が高いのはそれなりにメリットだが、半減期が短くその分、やや扱い辛いし老人にはやりすぎになりかねない。特に心臓が弱い人には。だからトータルでは効果が不足したとしてもチラージンSの方が使いやすいという考え方もできる。

アメリカのエキスパートコンセンサスガイドラインなどを見ると、双極性障害の病型によればT3よりはT4を推奨する医師もいる。これはアンケートなので、まあ「クイズ100人に聞きました」の世界で、いろいろ意見が食い違うのは当然だろう。そのようなことを思いつつ、このおばあちゃんにはチラージンSを選択。僕はチラージンSとチロナミンは7:3か8:2くらいの割合で使っているが、これで良いのかどうかは自信なし。

例えば、双極性障害に対するうつ状態に甲状腺剤を処方する場合、追加投与していくとフィードバックがかかり、TSHが正常域下限より低値になる。これはいかにも良くないように見えるが、それでもfreeT4やfreeT3が正常の150%くらいの代謝亢進レベルまで上昇させてみる。甲状腺剤が多すぎると、老人の場合、骨粗鬆症や心臓への負担が考慮されるが、若い人なら経過を観察しながら様子を診るくらいで良い。基本的にはほとんど作用、副作用とも見えないような薬物である。僕は甲状腺剤よりカタプレスの方がはるかに効果が目視できる。

以前、このブログでも取り上げた急速交代型の女性患者さん(参考)は、甲状腺剤の服用のため長い期間TSHが極端に低値であった。フルスロットルだったからだ。彼女の経過にそれがいかなる風に影響したのかは謎だ。専門書を読むと、TSHがどの程度までの低下なら問題ないとか出てくるが、あれは臨床的には難しすぎる。あれを書いた人が実際に臨床をしつつ書いたものか、相当に疑わしいと当時思った。

実際、精神科臨床では橋本病の治療より、リーマスの処方で甲状腺機能が抑制され、チラージンSが使われていることが多い。うつ状態に漠然と甲状腺剤を併用している場合、薬を整理する際に、いつ中止すべきか非常に迷う。僕は結局、効果さえ謎のままいつか整理してしまうことも多い。こうなる理由だが、あまり甲状腺剤の効果が目視できないからだと思う。患者さんが転院してきて、甲状腺剤を追加しようとしたら、「なぜですか?」と聞かれることが良くある。これはあんがいそういう処方が多くはないのかもしれないと思ったりする。定番なのに。(参考

今回のおばあちゃんの場合、当初は倦怠感よりアカシジアもどきの焦燥感をとることに主眼を置いており、離脱症状が多少出ても後戻りせず、ドグマチールを漸減する方針だった。病状が悪く元からの症状なのか、あるいは新しく離脱が出たのか良くわからないような感じであった。

当初の彼女の症状
口渇がある
尿が出にくい
一時もじっとしておれない
下痢をしている


まさに離脱性の非定型精神病的破綻(つまり悪性症候群!)の一歩手前。元々の症状があれだとプチ悪性症候群になりかねない感じである。僕はウブレチドとツムラ41(補中益気湯)を併用しドグマチールを更に50mgまで減量した。更にビタミンB12を点滴。ルジオミールは、僕がしばらく様子をみたところ、合っているように見えないため中止。またドグマチールを減量の際にアキネトンも良くはないので中止し、メイラックスを1mgだけ追加している。

数日後、同じ漢方を使うのでも、排尿を改善するためツムラ7(八味地黄丸)の方が良いように思ったので変更している。このような倦怠感のタイプの患者さんでツムラ7の方がむしろ良いケースも時々見る。ツムラ7は本来男性向けなんだけど。

漸減時は僕の場合、更に多剤併用になることが多い(参考)。これらは減量のショックを和らげるような処方が多く仕方がないと思っている。これもまた消極的多剤併用(参考)なのだが、個人的には僕は気が多いから、こんな風になってしまうような気がしている。(あれこれ気付きが多いという意味)

鈍感だと、もちろんシンプルになる。


(後半に続く。明日アップ予定)