クリスチャン | kyupinの日記 気が向けば更新

クリスチャン

これは「発病後40年」の続きになる。彼女は最近コンサートに行ってきたらしい。チケットは6000円だったという。また、美術館にある画家の絵画展を見にいったと話していた。

「いろいろ楽しんでいます」と、ニコニコしている。もともとの性格を聞くと、「明るく、くよくよしない。クリスチャンだから」という。確かに彼女は朗らかである。ところで彼女は全く教会には行っていないらしい。その理由だが、気に入らないことがあったからという。そういえばずっと以前、彼女がそんな話をしていたことを思い出した。彼女はある時、牧師と喧嘩したのである。

彼女の信仰している宗教はキリスト教ではあるが、カトリックでもプロテスタントでもなかったという。実は、彼女の言葉を借りれば「詐欺的な宗教」だったらしい。ある日、教会に信者が集まっている時、みんなにお布施をするように呼びかけがあった。その時、お金をあまり持ってそうにない女子校生などにもお布施をするように強要しているのを見て、牧師に噛み付いたのである。

「お布施なんだから、その人の気持ちでお布施できるだけ出せば良いじゃないですか。強制するのはおかしい。」

その日以来、教会には行かなくなった。彼女は正義感が強いのである。僕の感覚からすると、キリスト教はこのようなお布施で経営的に成り立っているので、この話自体はそういうものだと思う。そう変なことをしていたようには思えなかった。なお、正確にはキリスト教ではお布施のことを献金というらしい。彼女はその後も信仰はやめず、今でも、

「今でも寝る前には聖書を読んで賛美歌を歌います。」
「クリスマスには、ピザ風のお好み焼きを作って食べます」


と言う。ピザ風のお好み焼きがクリスチャンとどのくらい関係があるのかわからないが、なんとなく雰囲気は伝わる。彼女によれば、カトリックはマリア様を敬い、プロテスタントはイエス・キリストを敬うと話していた。僕はクリスチャンではないので、これが正しいかどうかまで詳しくはない。

こういう日常を見るに、彼女にとって、精神の安定に宗教がなにがしか貢献しているようには思える。それは、精神科医はきっと魂までは救わないのに比べ、このような宗教は魂を救う面があるからのような気がしている。

このような話を僕が29歳頃、40歳くらいの精神科医に話したことがあった。彼はちょっとむっと来たらしく、「精神科医は魂を救う」などというような話をした。僕は宗教の良し悪しとか、精神科医の良し悪しという次元を超えて、その反論にはちょっとだけ腹が立ったのを記憶している。

僕には、「魂を救う」とまで言い切る自信はない。