メージ症候群(後半) | kyupinの日記 気が向けば更新

メージ症候群(後半)

初診時、その女性患者さんは、本態性振戦とメージ症候群がミックスしているような感じだった。どこで治療しているか聞くと、某大学病院の神経内科と言う。神経内科と精神科は名前は似ているが、全然違う。神経内科は、神経・筋に関する難病をしばしば扱っており、特に僕が精神科に入った当時は、診断するとそれで終わりで治療法が全然ないというのがけっこう多かった。

診断して終わりじゃ、ドクターがオナニーをして終わりじゃんとマジ思った。患者さんにとって、病気の苦痛を和らげるとか利益がほとんどないから。(さんざんきつい検査をして、結果、何も治療法がありませんじゃむごすぎる)

あれに比べれば、内因性精神病の方が断然治ると思う。僕は稀に神経内科の範疇の疾患に遭遇するが、わりあい遭うのが、脊髄小脳変性症とヘルペス脳炎である。ヘルペス脳炎には不思議によく会う。主訴は「奥さんの首を絞めた」とか。だから精神科に来るのである。

この2つのうち、前者はまだ本質的な治療法がない。今は、神経内科でも遺伝子レベルの治療法が進歩しているので昔ほどオナニーではなくなっていると感じる。

神経内科のドクターは今も昔も精神科より断然上のレベルの医療をしていると確信しているだろう。しかし精神科医は、あまりそのようなことは考えていない。最初から、良し悪しや勝ち負けとは無縁の世界が精神科なのである。

僕は初診でひとめ診て、明らかに神経内科と思ったら、もう診察せず神経内科に紹介する。今回の場合は、患者さんの処方を見たら、イマジネーションが無さ過ぎると感じたので、少しうちで治療してみる気になった。メージ症候群はどういう治療をしてもなかなかうまくいかない疾患で、使う薬物は精神科医が使い慣れているものが多いこともある。

彼女の処方で、最も謎だったのは、オーラップが処方されていたことであった。もしオーラップが処方されていなかったら、治療を引き受けなかったかもしれない。

たぶん、オーラップはアメリカでジルドラトゥーレット症候群に適応があるのと、そういう使い方で効果があったという論文でも見たのだろうと思った。ジルドラトゥーレットは子供に発症する疾患だけど、僕は1度だけ成人発症例を診たことがある。

どう考えてもその患者さんに対し、オーラップはマイナスにしかなってない。こういう普段使ったことがないような薬物を、本とか論文の知識だけで治療しようとするからかえって悪くなるんだと思う。

最初、オーラップを中止し少し薬物を整理した。それだけで振戦などの不随意運動は少し良くなった。

メージ症候群は、おそらく大脳基底核および脳幹の機能の変調が生じていて、これを改善すると良くなる可能性がある。これは言うほど簡単なことではない。適応外なのだが、しばらくヒルトニンを静注することにした。ただ、ヒルトニンは高すぎるし、しばらく継続しないといけないので、ジェネリックのオリストン(薬価が3分の1)を使った。この薬物は脳の下のほうの不調を改善するのである。

オリストンをしばらく継続していると、両足の振戦などの不随意運動が消失した。最初、とにかく足だけは最初に改善したのである。僕は、彼女はメージ症候群は存在しているとしても、他の疾患がかぶっているのか、あるいはメージ症候群でここまでの症状が出るのか、あまり考えていなかった。あまり大きな問題ではないと思ったことがある。

オリストン以外の薬物療法は、抗パーキンソン薬、抗てんかん薬、ベンゾジアゼピン、グラマリール、ボツリヌスA毒素などがあるが、僕はリボトリール、グラマリール、眠剤を主体に使っていた。眠剤を中止したら症状が悪化するので中止できなかったが、基本的にベンゾジアゼピンはある程度有効なことがわかる。

そうして、遂に両上下肢の振戦が消失し、最後にメージ症候群の中核的症状がボスキャラ的に残ったのである。

彼女の場合、「目が開かないので困る」という訴えが多かった。メージ症候群は眼瞼痙攣と口・下顎・頚の付随意運動を呈する疾患で、独特なしかめ面顔貌を呈する。僕はすべて女性患者しか診たことがないが、男女比は1:2くらいらしい。しばらくあれこれ薬を入れ替えていたが、それ以上、ちっとも良くならなかった。これは限界かもしれないと思った。

ある日、朝のまどろみの中、ひょっとしたら、エビリファイを処方すれば、このメージ症候群の中核症状が良くなるのではないだろうか?と思ったのである。

エビリファイは、経験的に統合失調症の表情を改善する。目はぱっちり開くようにさせるので、こういう症状には良いのではないかと思ったことがある。エビリファイは、どういう機序かわからないのだけど、表情を構成する筋肉に関与しているのは間違いなかった。

それに薬理学的にも、ドパミンが過剰に放出されている時は遮断薬として抑制的に働き、逆にドパミンが不足している時はドパミン作動薬として刺激するドパミンD2受容体部分アゴニストなので、こういう伝達物質の流れを安定化させるような薬物はいかにも良さそうに見えるのである。

「バカ~~」
なんで早く思いつかなかったんだろうかと思った。

最初1.5mg1週間使ったところで、頚部の振るような不随意運動がかなり減ったのがわかった。本人は、目のぐあいも大分良いと話していた。診察中、目を閉じて首を振る動作が全然なくなっていたのである。

結局、いったん3mgまで増やしたが、3mgより少ない量がより良いと感じた。エビリファイは少量でも他の薬を押しのけるほど強力なのである。現在、1mg~1.5mgで様子を見ているが、あるいは0.5mgくらいでも良いかもしれない。

今は、その女性患者は他覚的には全く症状がない。非常に表情がはっきりしてさわやかな顔つきになった。本人は病院に来ている時はわりあい良いけど、家に帰ると少し悪いことがあると言っているので、緊張時の方が症状が良いのかもしれない。

こういう風に言っているということは、ベンゾジアゼピンを減らした方がかえってよいのではないかと思い始めている。結局、エビリファイでメージ症候群の90%は改善してしまった。

メージ症候群をここまできれいに治したのって、生まれて初めてよ。(完全には治ってないけどね)

参考
メージ症候群(前半)