自己紹介を書き終わって少し落ち着いたので、誤字脱字直しながら、書き足しながら校正しました。
こんな中途半端で悩みながらので良ければ、自己紹介①からどうぞ。
忙しく過ごした学生時代を経て、外資系の石油会社に就職しました。中学までは公立だったんですが、先輩・後輩のような堅い関係が苦手で、高校、大学と帰国子女が多くて制服も行事の時だけで良いという割と自由な学校(国際基督教大=ICUです)に行ったのがとても自分に合っていると感じたので、就職の時に見ていたのも男女平等に働けそうな場所、堅すぎない場所、それから英語が活かせる場所、と思っていました。
入社して3ヶ月の研修を経て仕事を始めたのが福岡での営業職でした。
ここでの出会いが私の社会人人生の基礎となります。本当にお客さんに恵まれた2年間でした。とにかく右も左もわからない(初めての一人暮らしもここで始まりました)、社会人としてもまだ本当に未熟で、しかも女性の営業が九州では初めてだったにも関わらず、担当させてもらった会社の皆さんが九州ならではの寛容深さで受け入れてくれました。
業界での仕事経験も実績もないのに、提案したことを”まあ、まずやってみな”とやりたいことをやらせてもらえました。社会人になって20年が過ぎた今だからこそ、その懐の深さがわかります。代理店営業なので、普段接する人たちが社長さん、会社の部長さん、課長さん、店長さん等、人の上に立って仕事をする人ばかり。小さい規模から大きな大きな会社まで、いろいろな経歴の人と接し、毎日話をし、学びました。仕事が本当に面白かった。会社という組織にいるからこその環境のありがたさは、当時もひしひしと感じてました。
そんなだから、お客さんに喜んでもらいたくて、私も一生懸命でした。入社前には苦手だったPCも、お客さんの為に作りたいものがあったから、自分でどんどん学んで得意になってきました。目標があって、学び方さえ分かっていれば人間割となんでもできるようになるんだな、とこの時に思いました。
学生時代に訪問営業を経験していて、その場その場でお客さんとの関係が終わる形の営業は自分が一生続けられる仕事ではないな、と確信してました。石油会社の営業は、担当のお客さんがいて、そのお客さんのお店の売り上げを上げることで自分の会社の製品をより多く引き取ってもらう、という基本WIN-WINな長期的な信頼関係に基づいた営業スタイルで、これがとっても私には合っていました。
お客さんも九州人ばかりなので、とにかくこの頃は飲みました
週の3−5日は飲んでたな。乾杯のビールの次は、”水割り?お湯割り?”が普通。もちろん焼酎です。
福岡は食事が美味しくて、お酒も美味しかった!!!それも相当幸せでした。ここだけの話、飲み過ぎて先輩が日帰り出張の為に迎えにきてくれて起きたこともありました。自分じゃ絶対に行かない中洲の高級クラブや美人ママさんがいる飲み屋さんにもよく連れて行ってもらって、異次元体験が楽しかったです。
約2年の福岡での営業生活後、本社の仕事に異動になりました。会社が他の会社と合併した直後の異動で、会社全体に決まったルールがまだ無い中でそれを作っていく部署にいたので、面白い仕事がいっぱいありました。外国人マネージメントの為に通訳・翻訳したりと仕事で英語を使う機会も少し増えました。
ここでも、仕事が本当に面白かったです。仕事を通してできることが増える自分を実感できて、しかもまだ若くて生意気だったけれど、外資系だからかそれがある程度許される雰囲気もあって、意見を言うことが怖くないと言うありがたい感じでした。もちろん変なおじさん・おばさんや仕事が全くできない人もいました。仕事はできても偏屈な人とかね。営業時代よりも本社にはいろんな人がウヨウヨいました。
そんな中、若手社員のトレーニングの為にというプログラムでの海外赴任の話が出ました。いずれは海外で仕事をしてみたい、と思っていたので、もちろん行きます!と言いました。ただ、赴任先がタイになった時は、タイに行ったことがなかったので、”ガーーーン、料理が食べられなそう
、どうしよう。。。”と思ったのを覚えています。
と言うことで、次回はタイに来た時のお話になります。
