練馬区立美術館で開催中の “棚田康司「たちのぼる。」展” です。

こちらは、新進気鋭の彫刻家・棚田康司さんの東京での初個展。
「彫刻って、あまり興味なくて~」 という人にこそ、オススメしたい彫刻展です。


おそらく多くの方が、棚田康司さんの名前は初耳なことでしょうが、
僕も、この彫刻展が開催されて初めて棚田康司さんの名前を知りました。
当然、彼の作品を観るのは、今回が初めて。
その人体表現は、かなり個性的で、
入り口に展示されていた 《たちのぼる―少年の場合》 や、

ポスターにも使われている 《立ち上がった少年》 (画像は、こちら)をはじめ、
どの作品もガリガリで手足が異様に長い体型。
思わずアンガールズを連想してしまったほどで、
ぶっちゃけた話、第一印象は、ちょっとキモかったです (笑)
ただ、この “キモい” という表現は、僕的には、褒め言葉。
普段は彫刻作品を観ても、そんなに感想を抱かない不感症な僕ですが、
棚田さんの彫刻作品には、いちいち “キモい” とか “怖い” とか、生理的に反応してしまいました。
例えるならば、彫刻作品から伸びてくる見えない触手で、自分の心を直接に触られるような感じ。
(↑怪しいクスリは、やっていないですよ。比喩です)
そのような彫刻作品に、これまで出会ったことがなかったので、最初のうちは抵抗感がありましたが。
作品と向き合い続けるうちに、徐々に抗体が出来て、
最終的には、その個性的な彫刻作品の世界に、どっぷりとハマってしまいました。
この不思議な感覚は、絵画の世界で言うならば、
やはり個性的な人物表現をされる奈良美智さんに近いような気がします。
棚田さんの彫刻作品が魅力的なのは、
ただ単に、 “奇をてらって独特な表現をしました” というだけでなく、
きちんとした技術の上に成立している点にあります。
再び、《立ち上がった少年》 (画像は、 をご覧くださいませ。
こちらは、実は、一木造りの彫刻作品。
しかも、足もとをよく見ると、左足が浮いているのがわかります。
ヘンテコに見えて (←?) 、絶妙なバランスで作られた彫刻作品なのです。
それから、 《編む少女》(画像は、こちら) という作品の指先にもご注目ください。
それぞれの指が触れそうで触れない絶妙なバランスで配置されているのです。
この指先の表現が、本当に素晴らしく、
じーっと見つめていたら、突然、衝動的に触りたくなってしまいました (もちろん理性で、抑えました)
かつて国宝の弥勒菩薩の指を折ってしまった人がいましたが、
今回、 《編む少女》 を観ていて、初めてその気持ちがわかった気がします。
今回の美術展は、棚田さんの彫刻作品の魅力もさることながら、
その魅力を最大限に引き出した練馬区立美術館のキュレーションも、見逃せないポイントです。
前回の “生誕100年 船田玉樹展” とは同じ会場とは思えないほどに、会場のイメージが、ガラッと一変。
そのカメレオンぶりには、ロバート・デ・ニーロもビックリでしょう (←?)
ただでさえ、妖しげなオーラ全開の棚田作品。
どこに、どのように配置して、さらに、その近くに、どの作品を置くかで、
展示室内のパワーバランスが、大きく変化することは、想像に難くありません。
おそらく、今回の最終的な配置に至るまで、いろいろと試行錯誤をされたことでしょうが。
僕が思うに、今回の展示は、これ以上ないくらいに絶妙な配置だったかと。
あの配置によって、非常に調和された混沌が、会場の空間を支配していたような気がします。
ちなみに、展示の演出として、一番感動したのは、

こちらの 《生える少年》 という作品を、あえて、高い位置で展示していた点。
この作品の背後から、少年の後ろ姿を見上げると、
延長線上にある強めの照明が少年に当たって、
あたかも少年がまばゆい光に包まれているかのように見えるのです。
その光景は、とても奇跡的。
ここが練馬区立美術館でなくて、
何かの宗教施設でしたら、おそらく入信してしまっていたことでしょう (笑)
他にも紹介したい作品は、まだまだありますが。
最後に、もう一点だけ。
この記事を読んで、ちょっと行ってみようと思った方に、ちょっとしたご忠告。
《内的凶暴性》 という作品の怖さは、トラウマレベルですから
要注意です。
“内に秘めた狂気” というフレーズは、小説や何かで、よく目にしますが。
実際の “内に秘めた狂気” というものは、もちろん目にしたことがありません。
ただ、 《内的凶暴性》 という作品を目にした瞬間、
「あぁ、これが、 “内に秘めた狂気” というヤツか!」 と、妙に納得してしまいました。
彫刻と分かっていても、うかつに近づけませんでした。
ある意味で、必見。
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