抑止力としての原発 石破茂氏が語る | misaのブログ

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8月16日の報道ステーション・「原発 わたしはこう思う」のゲストは、自民党の石破茂政調会長(54)でした。

石破氏は、政治家たちの本音とも言うべき、とても気になる発言をしています。こちらです。


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「原子力を導入することには、ものすごいハードルが高かったのだと思いますよ。

それは絶対安全だという神話みたいなものを、政治的には作り出さざるを得ない状況だったのではないですかね。

政治は結果責任ですから、責任は自民党が相当程度負わねばならないわけです。

きちんと検証することなく、電力会社、あるいは経産省、そういうことを、あえて言えば鵜呑みにしてきた責任は免れないことだと思います。

原発のウェートを減らしていきながら、再生可能エネルギーのウェートを高めていく、という方向性については異存はありません。

ですけども、原発をなくすべき、ということを目標とするやり方には私は賛成してはおりません。

原子力発電というものがそもそも、原子力潜水艦から始まったものですのでね。

日本以外のすべての国は、原子力政策というのは核政策とセットなわけですよね。

ですけども、日本は核を持つべきだと私は思っておりません。

しかし同時に、日本は(核を)作ろうと思えばいつでも作れる。1年以内に作れると。

それはひとつの抑止力ではあるのでしょう。

それを本当に放棄していいですかということは、それこそもっと突き詰めた議論が必要だと思うし、私は放棄すべきだとは思わない。

なぜならば、日本の周りはロシアであり、中国であり、北朝鮮であり、そしてアメリカ合衆国であり、同盟国か否かを捨象して言えば、核保有国が日本の周りを取り囲んでおり、そして弾道ミサイルの技術をすべての国が持っていることは決して忘れるべきではありません。」

(3.11の前後で何か変わったか?)

「原発に限らず、この世の中に絶対というものはあり得ないということを、よくみんな認識したんだと思いますよ。

日本って絶対神話というのが流行りますよね。戦艦大和は絶対沈まないだとか、日本は神の国なので絶対負けないとかね。

だけど、突き詰めた議論なしに絶対神話を作る日本の悪癖、あるいは、議論を突き詰めずに、仕方がないじゃないかとか、やむを得ないじゃないかとか、そういう物事の決め方。

それは決して、いい結果をもたらすことはありませんよね。

日本人はもっと突き詰めてモノを考えるべきだし、そうでなければ、結果は決して幸せにならないということだと思います。」

<聞き取り以上>

多くの政治家たちが彼のように、原発=核との認識があるのだと思います。

つまり彼らは国策で原発をどうしてもやる必要があったのです。

核の抑止力として。だからプルトニウムをいつでも取り出せる原発を大事にしてきたのです。

でも、彼らは肝心な事を忘れています。

原発はミサイルで攻撃されたら、抑止力どころか逆に核爆弾を落とされたのと同じ事になってしまうのです。

私は、たとえ戦争を仕掛けられても、それに応えるべきではないと、どの国とも戦って欲しくないですから、抑止力など必要ないと考えています。

でも、実際には必要だと思っている方は多いようですね。

プラズマ兵器など、強い兵器はどんどん開発されて、競い合っていたらきりがありません。

お互い威嚇し合わなければ、本当の平和は作れないのでしょうか。

世界中から核兵器と原発を、まずなくしていく事が、平和への第一歩だと私には思えるのです。