情熱の源泉はどこにある?「ここ」にある! | 孔明先生愛☆彡限界炸裂

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孔明先生に人生と情熱、命を賭けて35年。【文魂(あやだま)x古代漢字x剪字】で孔明先生の魅力を現代に炸裂させる文魂剪字師・玄子(げんし)の絶対感ブログ

あの日、あの時、あのタイミングで孔明先生に出会っていなければ

今日、生きていなかった可能性爆大な玄子(げんし)の奇縁物語。

 

ところで。私と孔明先生を引き合わせてくれたのは、

三国志の幕開けから喜怒哀楽を分かち合ってきた劉備(字は玄徳)公だった。

 

命と鎬を削る乱世にありながら玄徳公は、

居城こそ持たないものの、

その仁義と名声は既に天に轟いていた。

 

その玄徳公が、まだ何の実績もない、晴耕雨読生活を営む無名の、

二十歳も年下の孔明先生を迎え入れるべく、

度も礼を尽くして山奥にある庵を

自ら訪問したのが世に言う「三顧の礼」である。

 

三顧の礼に感激して出廬した孔明先生が臣下になっても、

玄徳公は昼夜も年齢差も問わず敬意を払い続け、

その水魚の君臣関係は、

一国の客将が一国の皇帝になっても変わることはなかった。

 

当時、たかが十三歳の私でさえ知っていた

「三顧の礼」に見る、人との接し方。

人生の大先輩にあたる担任教師は、

まさか、ご存知なかったのだろうか? 

 

私が師と呼ぶのは、同じ時代、

同じ教室に生きながら絶望と失望を与え

「それでも生きる価値はあるのか」と詰問する

自称・人間という生き物なのか。

 

はたまた、時代も国も違えど、

私に生きる勇気と希望を与えながら

「たった一度きりの人生、人としてどう生きるのか」

を教えてくれる孔明先生なのか。

言わずもがなである。

 

夢をコテンパに破壊されても、侮辱されても、

身に覚えのない不条理な目に遭わされても、

生きるのをやめなかったのは、あの世で孔明先生に会うため。

 

あの世へ行く前に、

大好きな三国志英雄たちの国へ行きたいがためだけだった。

 

『三国志』が日本ではなく、中国が舞台だったことは、

当初言葉と現実の壁を感じさせたものの、

生きるための意義はその分だけ、大きかった。

 

情熱の源泉と私の居場所が机上でも教室でもなく、

地球上にあると知った時

 

「今この生き地獄のような日々だけが、

今いるこの環境だけが、全てではない。

死ぬまで一生、この生活が続くわけではない」

と客観的に気づくことができた。

 

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周りに見本となる師や

本当に大事なことを教えてくれる人がいないなら

 

置かれた場所で待っていないで

時空を超えて

自ら進んで師を求めてみるのもアリOK

 

時空を超えた奇縁を

実生活に取り入れてみては如何でしょうか?