乱世の始まりは張角よりも董卓? | 孔明先生愛☆彡限界炸裂

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孔明先生の『隆中対』

天下三分の計の始まりは

董卓が横暴を極めてから、ですが

 

孔明先生にとっての波乱の人生も

董卓によって始まったと言えるかもしれません。

 

諸葛孔明先生専属の

文霊想作家・玄子です。

 

董卓が朝廷を牛耳るようになり

多くの人が都から離れました。

 

その一人が、曹崇さん。

曹操閣下の父上です。

 

どこに避難したのかと言えば・・・

孔明先生一家のいる徐州・・・。

 

暫くして、曹操閣下は父上を迎え入れることに。

曹崇さんは徐州の太守、陶謙に手厚くもてなされ

警護の兵までつけてくれたのですが

↑こいつが問題児でした。

 

なんと!警護の兵が、

曹崇さんの命を奪ってしまったのです。

怒った曹操閣下は大軍を引き連れて徐州攻め。

 

ってことがあったので、

一家断絶を恐れた諸葛家は

故郷を離れることになりました。

 

長男、諸葛瑾殿は継母の宋夫人とともに呉へ。

後に孫権殿に仕えます。

 

そして、玄叔父さんは

孔明先生と末弟の均ちゃん

姉上二人を伴って豫章へいくのですが

 

ここから先、陳寿『三國志』と

作者不明の『献帝春秋』で微妙に流れが異なります。

 

が、どちらも豫章を出た後、荊州へ。

ということで、

次回はいきなり、荊州からお伝えします(^○^)

 

 

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