スピリチャル不思議話し(子育ての祝福)
心身を崩してから、神様のお導きによって出逢う事が出来た、ある先生がいらっしゃいました。
いつも、心の有り様のアドバイスをいただいたり、護摩供養をとおしてお清めをしていただいたり、
宗教ではなく、感謝と尊重に基づく愛のある会でした。
護摩供養は少し普通?と違って、わかやまの各地の神社や仏閣でおこなわれ、土地の浄化や魂の浄化を目的とし、お供えはお花。みんなで持ち寄りお供えして供養が終わると、また皆で分ける。
いろんなところにソウルメイトと一緒に行く楽しみも出来て、子育ての責任と不安の中、
楽しみの一つでした。
息子が小学校5年の時だったと思う。
護摩供養の最中、先生とお仲間は、文言を唱え、和の神々様の御真言だったり、祝詞、お経、を唱えている。先生を中心に神も仏も一緒なのが特徴だった。
私の頭の中は、鐘が鳴り響き、
「congratulation」と何回も聞こえてくる。
そして涙、なみだ。
何事かと、ビックリしながらも、こみ上げてくるアツいものを感じながら泣いていた。
少し落ち着いてから、情報を読み取っていると、子育て頑張りました。
こどもを通しての私の魂磨きがある段階まできて、「おめでとう」という事でした。
祝福の鐘がなっていたのです。
それからです。自分なりに試行錯誤しながら、もがき苦しかった子育ての頑張りを
自分で認める事が出来たのです。
「未熟な母でごめんなさい」「強く動じない母でなくてごめんなさい」
と自分を責め続けてたことも、「未熟だけど、それなりに頑張ってきたよ」
「少しずつだけど、強くなったし、動じなくもなってきたよ」と。
心の成長も、段階というものがあって、少しずつステップを上がっていくのですね。
今では、「愛の溢れる母で抱きしめてあげる。嬉しいやろ?」
と息子に言える私がいる。自信満々。(笑)
そこまでには、階段を一つ一つ上ったり、下りたりの道のりがありました。
初めから、乗り越えられない壁は、設定としてないと言います。
初めから出来ないと思い込んでると、現実もそうなります。
今、出来ないと思ってるのに、感情を伴って出来ると思う事はなかなか難しいのですが、
それでも自分の感情は後から付いてくるので、無理やりでも出来ると言葉に
出して何回も言ってみる。そのうち、ヒントがやってきたり、視野がパッと開けたりする。
そうやって、少しずつ進んでいく。
「ダメ、無理」から「なんとかなる」へ。そして「出来るかも?」へ。
「気がつけば、出来ている」となるのである。
何事も結果を急がない。無理しない。
「なんとかなる」から気持ちを切り替えていこう。絶対前に進めると信じて。
あなたにも、自己成長の祝福の鐘が鳴る時が来ます。
