じーちゃんは神様

辛く苦しい時代、朝方にみる明晰夢のなかで、仙人の格好をしたじーちゃんが何回も出てくる事があった。
ご先祖さまと思ってたので、「じーちゃん」と呼んでいた。
その時は、画像ばかりでメッセージは受け取れなかったころだが、苦しいわたしを、両手を広げて、抱きしめてくれたり、時には、山の上?の湖でわたしが浮いていたり、池のまわりをグルグル泳いでいたり、不思議な夢だった。じーちゃん、傍らで見守っている。
湖はお水で浄化、グルグルは堂々めぐりだから一歩踏み出せの合図。
昔から、目に見えない存在はいつもわたしを応援してくれるけど、3次元でわたしをわかってくれる人はいないと、そう、思っていた。

ちょうど、その頃、同じ年のソウルメイトと気功教室で出逢ってから、
そのソウルメイトの旦那さまが透視できる方で、その「じーちゃん」が神様だった事を
教えてくれたのだ。
「マジで」「やばすぎる」
「神様、じーちゃん呼ばわりして、申し上げございません。」
「また、そんな有名な神様だったなんて!」 

いきなり、たてまつりだした私に、神様は、私が誰だろうが関係ない。
知ったからといって、神社へお参りに行かなければと思う必要もない。
あなたが、もがき苦しみの中で、どうにか幸せになりたい、と一生懸命だから、
手を差し伸べて、気づけよと応援したのだ。そして白い光を放つ神様は抱きしめてくれました。

導きの神様だったのだ。
それから、たてまつりはしないけど、やっぱり嬉しくて、神様の神社にはお参りに行き、
心を込めて感謝をお伝えしてきました。魔除けの鈴を頂いて、下の娘が出かける前に嬉しそうに鳴らしていたな。

「お参りに行かなければ」の気持ちは要らない。
本当に心から感謝の気持ちが湧くと、行きたいと思うのである。

今でも「じーちゃん」と呼ぶときもある。親しみを込めて。
だいたい、愚痴というか反省してるときに聞いてもらう。
「じーちゃん」怒らないよ。どっちかというと、嬉しそうに微笑んで聞いてくれる。心が通じてるからかな。

神様は、役割を果たすためのミッションがある時は、叱咤激励と言うか、自分を知るためのお試しを与えるときがある。慣れてくると、それも愛だと受け止めれるんだけど、わからない時は、神様いじわると思うこともあった。(笑)


八百万の神様は、一部の方を除き、本当に人間に近いというか、庶民的な神様が多くて、庶民生活応援隊なんです。
七福神の恵比寿様なんて、本当に楽しいお方。
また、機会があれば、お話します。ね。