発達障害奮闘記1
みなさん、こんにちは。
発達障害という言葉、今ではよく聞く言葉ですが、
うちの息子が小学1年生の時、ADHDいわゆる多動と診断された時は
町のお医者様も詳しくない頃でした。
本屋さんで詳しい本を探しても、アメリカの本を翻訳していて、
専門的すぎてわからない。
インターネットで探しても、難しすぎる論文みたいなのばかり。
母は、具体的にどういう子育てをすればいいのか、
子供を理解したいけど、なぜそのような行動をとるのか理解出来ない。
理解してあげれないと思い込み、
自分を責めたり、
今までの子育てに問題があったのか、とか
薬を飲ませるのがいいのか、悪いのか、とか、とか。
人間誰しもが思ってしまう感情を、ひととおり感じ、もがき、苦しい時間を
過ごしてきました。
でも、これって親としての苦悩であって、子供の苦悩ではないんです。
苦悩と思ってしまうのも、耐えきれない心の弱さなんですが、
子は親を育てるために、生まれてきました。
子供は自分に正直なだけです。今の言葉にすれば、ありのまま。
息子は自分の感じるまま、ただ自由なだけ。好奇心いっぱい。
そんなことも、子育てをしながら、いろんな事件?を乗り越え、
少しずつわかってくる。
今では、なんて羨ましい生き方なんだろう。と思うんです。
いろんな事件?も今では、私の宝物なんです。
その時の私の慌てようも、怒り爆発なわたしも、懐かしいとさえ思える。
今、悩んでるお母さん、大丈夫ですよ。
私の場合、息子が小学5年生の頃には、親業を頑張ってきた自分を褒めることが
できていました。人それぞれだと思いますが、
不思議と周りの方々にも、よく頑張ってきたと褒めてもらえたのも、同じ時期でした。
嬉しかったなぁ。涙が止まらなかったの覚えています。
何年か後に、素敵なお母さんに変身できるのですから、子供はホント宝ものです。
どうか、苦しくても、逃げないで、子供を愛してあげてください。
愛おしいと抱きしめてください。
子供は何も悪くない。責めないであげてください。
僕のせいで、お母さんが泣いている。また、苦しんでると傷ついてるわが子にも
気づいてください。
天使な子供を理解できた時、至福なときが待っています。
ほんとうですよ。かけがえのない時間を今、くれているんです。
楽しめるようになると、自分を乗り越えた証。
そして、楽しめるわと言える気づきのエピソードを次回から、お届けしたいと思います。
