春は近づいても、まだ寒い日が多い時期に可愛らしく咲いている梅の花が大好きです。
数年前辛い出来事があった時に、大雪の中でも凛と咲いている梅の花に何度も勇気づけてもらいました。
私は時々ブログで「どんなに頑張っても上手く行かないことがあって当たり前。それが人間なのだから。」とか、「悩んでもそれでいい」とか・・・そういうことを書いたりしていますが、私の言葉足らずな下手な文章の為読んで下さっている方に時々誤解を与えてしまっているのかなぁと感じることがあります![]()
「自分だけが不幸で可哀そうだと思って悲劇のヒロインぶっている」とか「そういう風にネガティブだからそんな人生なのよ」とか「不幸にしがみついている」とか・・・以前からそう言われてきました(笑)。人様にどう思われようとその人がただ単にその人のフィルターで私を見て思っているだけなので私には関係ないことなのでどう思われようと良いのです![]()
「頑張っても上手く行かない時がある。むしろそれは素晴らしいこと。」
そう書いたのは、決して「だから努力しないで諦めて投げやりに後ろ向きに生きて行く」という意味ではないです。
どんなに辛いことがあっても、上手く行かないことがあってもその体験を天が与えて下さった貴重な体験と有り難く受け止め、その体験から感謝を見出すことができたなら、次へとステップアップできると思うのです。
「上手く行かないことは素晴らしいこと」これは極端な表現かもしれませんが、究極の所寿命を全うして死んであの世に行ったら、心から「素晴らしいことだった!」と思えると私は感じます。
「じゃあ自分の感情ねじまげてでも無理矢理なんでもただ感謝すればいいの?」なんて突っ込まれたりしますが・・・
嬉しいことでも悲しいことでも楽しいことでも辛いことでも・・・どんな事にもそこからいかに感謝を見出すことができるか?ということは、その人の生きて行く上の力量と言うか、どれだけ徳を積んでいるかが問われるのではないかと思います。感謝はできるのを待っているだけではいつまでも感謝できないのではないかと思います。(なんて~エラそうなこと書いてしまいましたが私もいつも感謝できるか天から問われています
なかなか難しいです。もっと徳を積まなくては~
)
人は何度も生まれ変わって、数えきれないくらいのたくさんの人生を体験していると思います。そのたくさんの人生の中で、美しい人に生まれた事もあれば別の人生ではそうでない事もあり、お金持ちの人生もあれば貧乏な人生もあり、結婚して幸せな家庭を持つ人生もあればそうでない人生もあり、ある人生ではアスリートで別の人生では運動音痴、波乱万丈な人生もあれば比較的穏やかな一生の時もある・・・
たくさんの生まれ変わりの中で全く逆パターンの人生もきっと体験しているから、だから例えどんな事があっても「神様は今生ではこの体験を与えて下さったのですね」と有り難く受け止めて有り難く体験する。
だから私は神様に願い事をしたり、願掛けのようなことはしません。あくまでも私の個人的な考え方であり、色々な考え方がありますので絶対ではありませんが、そのようなことをしてしまうと神様が与えて下さったせっかくの貴重な体験を神様に「気に入りません」と言っているような気がしてしまうからです。
やって来た出来事を「私に与えられた事」として「ありがとうございます」と感謝して受け止める。そして目の前の事に感謝しながらコツコツと取り組んでいく・・・それで良いのではないかと思うのです。なぜなら今の現状とは全く逆の体験も別の人生でしているでしょうから神様にお願いする必要を感じません。
お陰様でこの春長男が大学に進学することに決まりました。小学生の頃、のび太くんのようにテストで0点を取ってきた子が、まさか大学に行けると思っていませんでした。長男の高校受験の時も今回の大学受験の時も我が家では合格祈願したり願掛けしたり何もしていません。本人がコツコツと受験の為にやるべきことをやるだけです。そして何より合格できましたのは今までお世話になった学校の先生方や塾の先生方やサポートして下さった全ての方々のお陰様です。本当に感謝しております。
久しぶりに書いたブログで長々と書いてしまいましたが、最後まで読んで下さった方がいらっしゃいましたらありがとうございます。
まだまだ未熟者の私ですがこれからも「ありがとうございます」の気持ちで前へ進んで行こうと思います![]()
ありがとうございます。
