こちらの続きちょうちょ

↑体は分かってるんだ・・

と体感した出来事になったわけですがにやり

 

 

 


そして

その半年の間に、

どんな脳内設定を自覚し、

変えたかというと・・

 

 

 

 

 

まず、

「子どもを授かりたい!」と言いつつ、、

 

 

「自分にとって都合の良い部分だけを体験したい

と思ってる自分を・・

 


自覚しました。。

 

 

 

 

「子どもを持つ」ということは・・

「それに伴う全てを引き受けます♡」

 

という態度でいることなんだと、、


知ったのです。

 

 

 

「自分にとって都合の良い部分だけ」

を願うというのは、

例えば、

 

 

“痛みもなく産後も家事もラクチンで

子育てもなんの悩みもなく♡”

が良いので、それ以外の経験はいりません!

 

を、放っているということ。

 

 

 

つまり・・・

 

 

“妊娠や出産で体の辛さを感じるのは嫌です♡”

“家事や育児で少しでも疲れるのは嫌です♡”

“なので本当は子どもを授かるのは嫌なんです♡”

 

 

を、

無意識に放っているんだと、、、

 

 

 

その自分の傲慢さに

気付いた時、

 

ハッとしました。。

 

 

 

 

可能性として、

 

体に負担がかかるかもしれないし、

イライラするかもしれないし、

家の中が子どものものでぐちゃぐちゃするかもしれないし、

 

 

その、「持つ」ことで

あるかもしれない可能性を、

 

経験として引き受けます♡

 

 

その姿勢が

願いとして届くんだと、、知った。

 

 

 

全ては喜びで「対等」な体験なんだ、

という前提の上で、

 

 

「持つことに伴う経験のすべてを、

引き受けます♡」

 

と決めました。

 

 

生まれたばかりの友達の子♡

 

 



そしてもうひとつ。

 


 

子どもを「持つ経験」は

子どもを「持たない経験」よりもきっと

「より良い」、、

と差をつけて見ている自分を・・・

 


自覚しました。。。

(がーーん)

 

 

 

良い・良くないとか

優・劣とか、善・悪とか、

 

全部「幻」なんです本当は。。!!

 

 

 

経験に「優劣」をつけているから、

焦って執着している・・

ということに気付いたわけです。

 

 

 

 

これは「子ども」のことだけではなく

「お金」でも他のことでも一緒で。

 

 

「持つ」「持たない」

どっちも対等な、

一経験でしかないのに、、

 

 

もちろん、

「こっちを経験したい♡」という「好み」は

あるかもしれないけれど、

 

 

それと「幸せかどうか」は

関係がない。

 

 

 

それって条件付きの幸せになってしまう。

 

 

条件が揃って「完璧な私!」

ではないからね。

 

 

生まれた瞬間から

完全で完璧。

 

 

 

 

あーーーー

子どもを持つ・持たない、

どちらも素晴らしい

「対等な」経験じゃん。。!

 

 

と思ったら、

何だか力が抜けて。。

 

 

 

どっちでもいいな、

流れに身を任せて

目の前のことを楽しんでいけばいいんだ、

 

と思えた。

 

 

 

「こっちじゃないと!」という執着と、

「どっちでも幸せだけどこっちも体験してみたい♡」

というポップな願いは、

やっぱり出てるエネルギーが違うよなー。

 

 

 

 

 

 

長くなったけれど、

 

そんな心の動きがありました。

 

 

 

何か違和感を感じたら

その都度ノートにぶちまけていた。

 




 

授かったことが分かったときは・・・


素直に嬉しかった♡♡

 

 


「引き受けるぜ!!♡」

と決めたからには

「経験してみたい♡」という

想いがあったからにやりキラキラ

 

 

 

 

お、半年後くらいに

読み返したい記事になった(笑)

 

 

 

 

 

何を感じたって

どんな風に心が揺れたって、

 

自分だけはそれを見守り続けていけば

許しつづけていけば、

いろんなことが大丈夫なんじゃないかと思うちょうちょ