「魂が肉体を使っている」
という感覚が
ぶわーーっと入ってきた瞬間があった。
今ここに私がいる、ということは、
「魂の私」が
念願の「肉体」を得て、
その肉体が持つ
“感情や五感や思考”という機能を
使いながら、
ここで生きてるってこと。
肉体の私が“携帯の端末“なら、
魂の私は、その“端末の使い手“。
肉体の私が
ゲームの中のマリオなら、
魂の私は、
そのゲームをやっているプレーヤー。
魂の私は、
姿かたちは見えない。
だけど確実にいつもそこにいて、
肉体の私を包んでる。
肉体の私は、
「悲しい!」とか「むかつく!」とか
そういう感情はなるだけ避けたいと思う(思ってた)けれど、
魂にとっては全ての感情が喜び
これは「真理」。
肉体の私が何を感じようと、
いつだって喜んでるし、
いつだって楽しんでる♡
だから何を感じていたっていい♡
全ては喜び・・
あぁそうなのか・・・![]()
この
「全ては喜び」という真理に降参して
そう決めてから、
とても肩の力が抜け、
現実のあれこれに
持っていかれたままにならなくなった![]()
くっそー!!
と
思うようなことがあったとき、
ふっ、、と
魂の目線になって、
「あぁこれも魂にとっては喜びなのね・・
」
と冷静になる。
そして、
どうして今こう感じたんだろう?
どうして今これを言いたいんだろう?
と自分の内側に問うと、
自分の奥底にある願いが
見つかったりする。
そしてひとつ自分を知る。
魂の目線と
肉体の目線と、
両方の存在を知っておく
ということが、
こんなに
自分への安心感をもたらすとは。。
と感じてる![]()
この肉体の私は
今世の間
魂に使ってもらってる体であり、
本当の私は、「魂の私」の方。
魂は永遠で、なくならない。
そして魂は
みーーんな、繋がってる![]()
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「個」を感じたくて
肉体は人それぞれあるけれど。
「魂の私が肉体の私を使ってる」
「肉体の私が魂の私に、使ってもらってる」
どちらもワタシであり、
最高の相棒![]()
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肉体の私は
地球で生活しながら、
様々な制限や設定を
自分に刷り込ませてゆき、
時に窮屈になったりするけれど
魂は、
いつだって自由で、
すべてのものへの愛で溢れていて、
無制限で、何だってできる。
魂の私は、
魂の私が望む方向に、
肉体の私を使う。
ただそれだけ。
あーーーーこの感覚、
この感覚を、
思い出したかったんだよ・・・
と思った![]()
体がウズウズした。
魂の私に、委ねる。
まかせる。
いつも、目に見えないサインをくれてるんだよ。
肉体の私への愛で溢れてるんだよ。
肉体の私から魂の私へ。
「私を自由に使ってね」
「あなたに委ねます」
魂の私から肉体の私へ。
「大切に、そして思いっきり、使うからね」
こう唱えてみた時、、
ものすごい至福に包まれた
のです。
あぁ気持ちいい・・・心地いい・・・!
なんだろうこの、
言葉にしがたい感じ!
包まれてる感じ、自由な感じ
肉体があるって
すごいことなんだよね。
感情も
五感も
脳も思考も、
肉体の機能なんだ。
この世界を楽しむ大切な道具
だったんだ。
どこでどんな現実で
何を感じていようと、
「どうせ喜びで幸せ」なのなら、
思いっきり自分の好みの世界で
生きればいいんだよね。
幸せが足りないから幸せを求める
のではく、
生まれてきたことがすでに大成功で
感じること全てが喜び、
なのだから
今ここで、満たされた自分であれるのだから、
何をしていてもどうせ幸せなのだから、
見たい世界を、求めよう!遊ぼう!と思う。
「今ここで満ちてる」
「さらに好みを求めていい」
この2つは、両立できる![]()
魂の目線になって、
このゲームの設定を
俯瞰して見てみる。
そのために自分との対話が
必要なんだ。
肉体の私さん、
今日もパチっと目覚めてくれたことに
感謝します![]()
魂の私さん、
いつも自由に使ってくれてありがとう![]()
満月翌日かー![]()








