ある日、

感情の日記をつけた方がいい、

というアドバイスをいただく。
 
自分が何を感じているか、
向き合うレッスン。
 
超めんどくさがりやでかつ飽きっぽいんですけど私!!!えーえー
 
ということで、
書けない日もあっていいよねにやり
っていう自分を責めないためのルールを設けることに。
 
 
過去を振り返ったり
未来を夢見たりすることはあったけど、
 
「今、ここ」「感情」に関しては結構無視してたなー真顔
 
 
「感情コントロールが上手くいくコツ」って、20代からずっと聞いてて、そうそうって思ってたけど、根本的に、勘違いしてことが、分かった。
 
 
感情には「良い」も「悪い」もないのに、
勝手に「良い」「悪い」のふるいにかけて、
「悪い」ふるいに入った感情は感じないようにしてた、無意識に。
 
なぜなら、
「いつも朗らかで調和を大切にして、ちゃんとしてる私」が愛されるべき存在だろうと思ってたし、それに必要なのは「良い」ふるいに入った感情だと、思ってたから。
 
 
怒りとか恐れとか、感じること自体悪だという思い込み。
 
 
でも、
感情って、
大いなる存在=神様がくれた、ものすごい贈り物だったって分かった照れ
 
 
もっと次元の高い世界(私たちの魂のいたところ)だと、
愛と光しかなくて
何でも叶えられて、
 
でもそこから「人間」を通して、
「感情」とか「不自由」とか「ネガティブ」を
体験するために、
この「ワタシ」を選んで、「親」を選んで、
この三次元の地球にやってきてた、ワタシたち。
 
もともと私たちはみんなひとつなんだけど、
分離して体験するために、
それぞれの身体に、宿ってる。
 
ストーリーも、経験したいことも、
全て自分で決めて、
選んで生まれてきてる。
 
地球で遊ぶために、必要なのが「感情」だったんだ。それが人間の醍醐味だから。
 
必要のないものは、与えられてないって、分かった
 
すごーーーく、腑に落ちた。
 
ああそうだった、、って、思い出した、感じ。
 
 
だから、
湧いてきた感情を、
ただただ感じて、
うんうんって聴いてあげる。
 
それだけで良かったんだ。
気づいてあげるだけで。
 
やってみると、
イライラも嫉妬も悲しみも、
じわーーーっと、
ひいていくのがわかる。
 
 
抵抗すればするほど、増長して、
「だめー!」って思うほど、現れる。
 
ずーっと、
見たくないものにはフタをしてたんだよね。
 
そりゃいつか、溢れるはずだよねねーねー
 
ほんとごめん「ワタシ」
って感じ。
 
自分の心の声を、
ただただ感じて、全て受容。
全受容。
 
 
温泉行ったり山登って汗かいたりしばらく好きなことしてみて、
深ーーーく呼吸する機会が増えて気付いたことは、
 
あ〜〜生きてる〜。
ってこと。
 
頑張って動いてくれてるんだなーワタシの身体、、お願い
って急に愛おしくなって、
ありがとう〜!!・°・(ノД`)・°・
って言いたくなった。
(..、)ヾ(^^ )ヨシヨシって、したくなったお願い
 
 
イライラも悲しみも不安も、本当にただただ、聴いて欲しいだけだったのに、
自分の声、無視してた、ひたすら。
 
「私が私にすることが、世界が私にすること」
 
だから、気持ちを聴いてもらえない出来事があったり、大切に扱われない出来事が起きたり、したんだなーーー。
自分が自分にしてることに、気付かせるために。
 
その人もあの人もみんな、自分だから。
 
「うんうんムカツいたよねー!今ー!」
「今嫌な気持ちになったよねー!わかるー!」
そうやって、自分の感情に気づいて、寄り添う。
 
ただそれだけで、
自分の感情は解放できるんだってこと、
 
いま、気づいて、良かった!!!
 
続く。