私は子供の頃から文章を書くのが好きで。
小学生の頃は作文が得意で、中学生の頃は日記を書き始め、高校生の頃は遊んでばかりで大して書いていなかったと思うけど、その後の人生も常に手帳に自分の想いや、本や新聞から見つけた文章を書き留めていました。
スノーボーダーになり、最初に執筆担当をしたのは確かトランスワールドのガールズニューカマーをピックアップするページ。
まだ私自身もライダー全盛期だったけれど、だからこそ書かせてもらえたものでもありました。
それからスノーイングのユキエノキってコラムも数年書かせてもらい、日記や作文の延長から書く仕事をし始めました。
いろんなもの書いて、このブログも書き続けていますが、はっきり言って何も勉強をしたことがなく、ただ書き残すことが好きでそれを読んで感想をくれる人がいることに喜びも感じ。
渡米して結婚して子育てしながらスノーボードを続ける中でも、日本のメディアで執筆することは私の一つのやりがいになっていきました。
長年業界でお付き合いさせて頂いているフリーランの須貝編集長やこのバックサイドマガジンの野上編集長は、私のライターとしての道を広げてくれています。いつも本当に気楽に「これ書いてみたいんですけど!どうでしょう?」って持ちかけることができる大切な方々です。
そしてそんな自己流スノーボーダー上がりの私に大きな仕事をくれるのも彼らで。
この一冊はかなり苦労して頑張った作品です。
野上編集長と二人で執筆したのかと思うと、我ながらよくやれたと思います。
バックサイドマガジン ISSUE 11
JAPOW PRIDE ーニッポンの雪山と文化を知る
私自身が沢山海外でスノーボードしてきたことも、今アメリカに移住してどっぷり欧米のスノーボード界にいることも執筆するにプラスになっていたと思います。
しかしそれよりも、この錚々たる面々にコロナ禍の当時オンラインで画面越しにガッツリ向かってインタビューして聞き出すことがめちゃくちゃ大仕事でした。
私的には直接会って面と向かって話せた方がずっと良かった。。。画面で面と向かってインタビューって、本当にハードル高すぎました。
知っているけど改まってライターとして聞き出すことに変な緊張感を持ってしまったし、
初めましての方もいたし、
何より基本的に
スノーボーダーって(特にこういうところに選ばれる)
すっごい拘りを持っていて
ついでに言うと、ミーハーなものを嫌う方が多い。
上田ユキエ = ミーハーの代表
みたいな時代を経てきたので(90年代2000年代)
今でも業界の濃い人たちには身構えてしまう自分です。。。
普通に喋れたの旭川のシューヘーちゃんくらいじゃないかな。笑
だけどこのインタビューを通じて仲が深まり、イベントに誘ってくれたライダーもいたし、
ここ滑りに行ってみたい!って思わせてくれる熱いことを語ってくれたライダーばかりで。
そういう、普段聞けない思いを、
野上編集長的には「ユキエちゃんだからこそ聞き出せることを」←これまたハードル上げてくれた 笑
聞きたい、聞き出したいって凄く思って。
そのためには私自身もスノーボーダーとしてちゃんと認められないとって、自分の意識も高まりました。
結果とても良い大きな経験をさせていただきました。
デカいミッションのインタビューってやつを終えたと思ったらその後文字起こしからの執筆が、もう本当に死っ筆かと思うくらい大変で。
文章ダメ出し&書き直し指示されまくって
(ああ、私はやっぱりただの素人でここまでノリで来てしまっただけなんだ、、、)
と反省する間もないくらい死に物狂いでどうにか締め切りまでに書き上げました。まとめました。
締め切りが怖いってこう言うことなんだと初めて身をもって感じました。
今読み返したら、永久保存版なくらい素晴らしい1冊になっていて、、、
日本人スノーボーダーとしてもライターとしても大切な1冊です。
別に営業しようと思って書いていたわけじゃないんですが、セールだしここに書かれているライダーたちの知識や情報や想いは、時代が変わっても変わらないものだと思うから。山の形が変わらない限り、雪が降らなくならない限り、ずっと同じだし価値のある言葉だから。
よかったら是非手に取って読んでみて下さいませ。
私はスノーボードが好きで
書くことが好きで
そしてスノーボーダーになり
ライターになり
スノーボーダーが好きだから
選手のホームステイと帯同と
選手をインタビューする現場の仕事をするようになりました。
好きなことを仕事にする。
とても簡単で、誰にでも出来ることだって思います。想いがあれば。



