私は病院で管理栄養士として働いている。
最初は現場(調理)から始まり、ひととおりこなせるようになったところで事務作業(献立作成、患者管理、発注・検収)を行ない、仕上げに栄養指導、栄養管理を行なう、というのが当院の方針である。
の~んびり働き続けており、気付いたら私は仕上げの部分に居た(笑)
現在そのポジションが人手不足のため毎日栄養指導をさせてもらっているが、時々係長のリリーフで栄養管理を行なう日があり、先日それに当った。
栄養管理は、カルテから医師指示をベースに、喫食量・点滴・薬・パーソナルデータや検査値を見ながら患者様にとって最適な栄養補給方法を検討し、提案・実施していく、というものだ。
と言ってもそう簡単にできるものではないし、栄養士は食事オーダーについての権利が無い。あくまでも提案、しかできない。だから医師に対してきちんとした根拠ある説明が必要で、納得してもらった上で栄養管理を行なう必要がある。
先日訪室した患者様は、70代後半の男性の方で、肺ガンの末期。絶食2週間から食事を開始された方だった。むせがあり、誤嚥性肺炎(気管に食物や水分が入ることで肺炎を起こす。高齢者に多い)を恐れている。
ところが意志も強く、好き嫌いも激しい方で、ゼリー食がなかなか食べられず、栄養強化ドリンクも好みが強くてちっとも飲めず、お互いに苦労していた。
本人に会い、話をする。
「あのね、食べる量が少なくて栄養不足になって元気がなくなっちゃうのが不安なんですよ。○○はどうですか?」
すると、
「皆に『食べろ食べろ』と言われると、気持ちがわかる分、辛いんだよ。
俺だってどうしたらよいか分からないんだよ!
病院ってさ、医者がいて、看護師さんがいて、栄養士さんや薬剤師さんとか、色々な人がいる。
みんなで俺のことを診てくれるんじゃないのか、病院って?」
と、声を荒げた。
その言葉を患者様に言わせてしまったことに、とても後悔した。
弁解する余地も無いので、あいづちを打ちつつ、何を必要としているのかを知るために、ひたすら話を聞き続ける。
「俺はね、誰も嚥下訓練について教えてくれなかったの。だから娘が本を買ったりテレビで研究したりして、やっと少しずつだけど、むせが減ってたべられるようになったんだ。」
知りたかった事を誰も教えてくれない。
それは病院の落とし穴だったのだろう。きっと看護師は医師が説明していると思い、医師は看護師が説明していると思っていたのだろう。連携不足だった。
そこで、
「そうでしたか、ごめんなさいね。では、ご存じだと思いますが、復習しましょうね」
と話し、嚥下の方法、むせの機序などを説明したら、目が輝いた。
自分の方法で間違っていない、ということに太鼓判をおしてあげることは、不安を取り除く方法でもある。また、違っている箇所があるならば、事情を説明してあげ、上手に起動修正をしてあげることが大切だと思う。そのための日々の勉強は必要である。
だんだんお互いのコミュニケーションが図れてきたので、私の訪室の目的を説明する。
「もうすぐお家に帰れる(退院予定があったが、栄養不良が不安材料だと言われていた)のだけど、元気に退院するために、食べられるものを一緒に探させてほしいんですよ」
と話すと、目を潤ませて
「俺はその言葉を待っていたんだよ」
と仰った。
食べることが負担になることがある。
食べたい、という意欲があったとしても、吐き気があったり胃腸の調子が悪いと、何を食べたらよいのか分からなくなることが、誰でも経験にあると思う。
それと同じ感じ、と思うのがきっと近いのだろう。
そういった不安を取り除くのも栄養士の仕事だと自負している。
そこで、嗜好を聞き、当院で提供できるものをいくつか提示した。
むせはあるが、とろみがつくもの、固形物はどんなに粉々になっても詰まったり肺に入りそうで恐いと仰るので、むせた場合はナースコールを必ず押す約束をし、水分のままで提供することとした。
まずは、栄養不足を補うために、栄養強化ドリンクは頑張って飲むよ!と約束してくれた。
次に、他の食品からもミネラルなどを補うことと、自宅で食べられる食品を増やすことを考えた。
現在の状況から食べられそうな食品を提示し、その中で選択してもらう。
そこで決まった食べられるものが
「透明な野菜スープ」「すまし汁」「甘くない飲み物(牛乳・豆乳)」
だった。バナナは自宅から持ってきて、少しずつ食べてもらうよう話して、部屋を後にした。
夕食後、下膳担当者から1通の手紙をもらった。
「父が野菜スープを喜んで食べていました。全部食べられました」
嬉しい手紙だった。
野菜スープ栄養は有る、と言えない食品かもしれないが、
「食べられた」
ことが自信に繋がり、生きている証にもなる。
私が頑張ったのではなく、患者様が生きるために頑張っているから結果が出たのだ。
また、調理師さんのおかげで、美味しい野菜スープが出せた。
そしてそばに居る、娘さんの励ましが大きな力になっている。
今日彼は元気に退院した。
医師は「最後の帰宅になるかもしれないから、早く帰してあげたいんだ」と仰っていた。
まだまだ微力だなあとしみじみ感じる一件だった。
最初は現場(調理)から始まり、ひととおりこなせるようになったところで事務作業(献立作成、患者管理、発注・検収)を行ない、仕上げに栄養指導、栄養管理を行なう、というのが当院の方針である。
の~んびり働き続けており、気付いたら私は仕上げの部分に居た(笑)
現在そのポジションが人手不足のため毎日栄養指導をさせてもらっているが、時々係長のリリーフで栄養管理を行なう日があり、先日それに当った。
栄養管理は、カルテから医師指示をベースに、喫食量・点滴・薬・パーソナルデータや検査値を見ながら患者様にとって最適な栄養補給方法を検討し、提案・実施していく、というものだ。
と言ってもそう簡単にできるものではないし、栄養士は食事オーダーについての権利が無い。あくまでも提案、しかできない。だから医師に対してきちんとした根拠ある説明が必要で、納得してもらった上で栄養管理を行なう必要がある。
先日訪室した患者様は、70代後半の男性の方で、肺ガンの末期。絶食2週間から食事を開始された方だった。むせがあり、誤嚥性肺炎(気管に食物や水分が入ることで肺炎を起こす。高齢者に多い)を恐れている。
ところが意志も強く、好き嫌いも激しい方で、ゼリー食がなかなか食べられず、栄養強化ドリンクも好みが強くてちっとも飲めず、お互いに苦労していた。
本人に会い、話をする。
「あのね、食べる量が少なくて栄養不足になって元気がなくなっちゃうのが不安なんですよ。○○はどうですか?」
すると、
「皆に『食べろ食べろ』と言われると、気持ちがわかる分、辛いんだよ。
俺だってどうしたらよいか分からないんだよ!
病院ってさ、医者がいて、看護師さんがいて、栄養士さんや薬剤師さんとか、色々な人がいる。
みんなで俺のことを診てくれるんじゃないのか、病院って?」
と、声を荒げた。
その言葉を患者様に言わせてしまったことに、とても後悔した。
弁解する余地も無いので、あいづちを打ちつつ、何を必要としているのかを知るために、ひたすら話を聞き続ける。
「俺はね、誰も嚥下訓練について教えてくれなかったの。だから娘が本を買ったりテレビで研究したりして、やっと少しずつだけど、むせが減ってたべられるようになったんだ。」
知りたかった事を誰も教えてくれない。
それは病院の落とし穴だったのだろう。きっと看護師は医師が説明していると思い、医師は看護師が説明していると思っていたのだろう。連携不足だった。
そこで、
「そうでしたか、ごめんなさいね。では、ご存じだと思いますが、復習しましょうね」
と話し、嚥下の方法、むせの機序などを説明したら、目が輝いた。
自分の方法で間違っていない、ということに太鼓判をおしてあげることは、不安を取り除く方法でもある。また、違っている箇所があるならば、事情を説明してあげ、上手に起動修正をしてあげることが大切だと思う。そのための日々の勉強は必要である。
だんだんお互いのコミュニケーションが図れてきたので、私の訪室の目的を説明する。
「もうすぐお家に帰れる(退院予定があったが、栄養不良が不安材料だと言われていた)のだけど、元気に退院するために、食べられるものを一緒に探させてほしいんですよ」
と話すと、目を潤ませて
「俺はその言葉を待っていたんだよ」
と仰った。
食べることが負担になることがある。
食べたい、という意欲があったとしても、吐き気があったり胃腸の調子が悪いと、何を食べたらよいのか分からなくなることが、誰でも経験にあると思う。
それと同じ感じ、と思うのがきっと近いのだろう。
そういった不安を取り除くのも栄養士の仕事だと自負している。
そこで、嗜好を聞き、当院で提供できるものをいくつか提示した。
むせはあるが、とろみがつくもの、固形物はどんなに粉々になっても詰まったり肺に入りそうで恐いと仰るので、むせた場合はナースコールを必ず押す約束をし、水分のままで提供することとした。
まずは、栄養不足を補うために、栄養強化ドリンクは頑張って飲むよ!と約束してくれた。
次に、他の食品からもミネラルなどを補うことと、自宅で食べられる食品を増やすことを考えた。
現在の状況から食べられそうな食品を提示し、その中で選択してもらう。
そこで決まった食べられるものが
「透明な野菜スープ」「すまし汁」「甘くない飲み物(牛乳・豆乳)」
だった。バナナは自宅から持ってきて、少しずつ食べてもらうよう話して、部屋を後にした。
夕食後、下膳担当者から1通の手紙をもらった。
「父が野菜スープを喜んで食べていました。全部食べられました」
嬉しい手紙だった。
野菜スープ栄養は有る、と言えない食品かもしれないが、
「食べられた」
ことが自信に繋がり、生きている証にもなる。
私が頑張ったのではなく、患者様が生きるために頑張っているから結果が出たのだ。
また、調理師さんのおかげで、美味しい野菜スープが出せた。
そしてそばに居る、娘さんの励ましが大きな力になっている。
今日彼は元気に退院した。
医師は「最後の帰宅になるかもしれないから、早く帰してあげたいんだ」と仰っていた。
まだまだ微力だなあとしみじみ感じる一件だった。